喪失
春次郎さん。

あなたに会えて、よかった。


苦しいことも、たくさんあった。

思わず、出会わなければよかったと思ってしまったことも、一度や二度ではなくて。

でも、やっぱり私は。

あなたしか、好きになれないんだ。


完璧なまでにかっこよくて。

どこか儚げで。

この手から旅立ってしまった、あなたへ。


わたしこそ、ありがとうと伝えたい。


私に、出会ってくれて、ありがとう。

私を、好きになってくれて、ありがとう。

ずっと、そばにいさせてくれて、ありがとう。


そして、あなたはいなくなっても。

この手に、あなたの愛するこの楽器を、遺してくれた。

そこには、あなたの夢がつまっていて。

あなたの夢は、こうして私の夢になる。

それは、私にとっての希望―――


私は、あなたを失ったけれど。

それでも、すべてを失くしたわけじゃない。

そう思わせてくれた、あなたのことを。


私は、ずっと好きだよ。

きっともう、誰のことも好きにならない。

私も、この楽器を恋人として、これからの人生を歩んでいくから。


寂しかったあなたを。

理不尽で、悔しかったあなたを。

これ以上悲しませることは、もう何も起こらない。

だから、安らかにお眠りください―――


私は、頬を伝う涙をそのままに、春次郎さんの楽器を胸に抱いた。





――「喪 失」*Fin.**――
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