喪失

君に会いに行く

「財布持ったし、スマホも、ハンカチも……、あっ、チケット!」



一人でぶつぶつ言いながら、家の中を歩き回る私。

一人暮らしをするようになってから、逆に遠出をするのは初めてだ。

今までは遠出と言っても東京に来るくらいだったけれど、今は都内に住んでいるのだから。



「よし!行ってきます!」



誰にともなくつぶやくと、私は元気に玄関の扉を開けた。

例によって、今日のことは誰にも言っていない。

一人で行きたかった。

私の見つけた、高梨さんという宝物。

そんな彼の演奏を、一人でも多くの人に聴いてほしい反面、私の知っている人には見せたくない。

だって、聴いてしまったら私じゃなくたって、高梨さんの紡ぐ音色に魅了されてしまうに決まっている。

そんな心の狭い私を、許してほしい。



特急列車に揺られること二時間。

そう考えると、さほど離れているわけではないS県に、私はついにやってきた。

高梨さんのいるところ。

私は、初めて来る町だ。


東京よりは小さいけれど、それなりに迷ってしまうような駅を抜けて、通りに出る。

チケットの裏に印刷してある地図を頼りに、私は歩き出した。

これで辿り着けなかったりなんかしたら、お笑い草だ。



『starlit night』



それがそのジャズバーの名前。

スターリット・ナイト。

星空という意味だ。


正直、お酒がそんなに強くない私は、ジャズ・バーなんて初めてだ。

しかも一人だから、少し怖かったりする。

ううん、でも私は一人じゃない。

高梨さんが、待っててくれる―――


路地裏に、ひっそりと在るその店を見つけて、私は小さくガッツポーズをした。
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