真夜中のパレード
それはここで働いている女性の名前だ。
どんな意図があったのか分からないが、
きっとよくここに通っていて
何気なく思いついた店員の名前を借りたのだろう。
自分の知る彼女は、結局すべて偽りだった。
家の場所も知らない。
そして職業も、名前も、すべて嘘だった。
好きな食べ物。
好きな映画。
好きな本。
好きな色。
休日何をするか。
猫が飼いたいということ。
ミケをかわいがってくれたこと。
自分があげたネックレスを、気に入ってくれたこと。
男友達はいるけれど、恋人はいない。
好きな人間も。
デートだからと言って、おしゃれをしてくれたこと。
『直樹さん』と
彼女が自分を、呼ぶ声も。
どこまでが本当で、どこまでが嘘だ?
目の前が真っ暗になったようだった。
自分が彼女について知っているのは、
電話番号とメールアドレスくらいだ。
そんなもの、その気になればすぐにでも変更出来る。
では、何を?
自分は一体、彼女の何を知った気になっていた?