課長が私に恋してる?
ふっと、深呼吸をする。
落ち着こう、この場合、どうすることが一番適切かを考えるんだ。
もう26になった。
物事の分別もつくし、世間がどういうものかも粗方分かってきた。もう、十分な大人だ。
一時の感情に呑まれることほど、自分の身を危うくすることはない。
ちょっと血迷ってワンナイトラブ、なんてモラルと世間体と己の良心の呵責に雁字搦(がんじがら)めになるだろう行動は、私が一番やりたくないことの一つだ。
そう、つらつらと心にひたすら言い聞かせる。
じゃないと、深呼吸したときに吸い込んだ如月課長の仄かなオーデコロンの香りに、何もかもを攫われてしまいそうになるのだ。
「……課長、お願いですから、私の努力を無にするようなことを、なさらないで下さい」
「………つまり?」
「つまり、勘違いでなければ、先程から私のことを口説かれているようですが。
私はひたすら気付かないふりをしているんです。その、努力を評価して下さっても宜しいのではないでしょうか」
あえて堅い台詞を並べる。
ここまでが、常識あるオトナの踏み込んではいけないギリギリだと、そう、線引きしたかった。