貧乏アリスを捕まえて
驚くことに自分は目的地である体育館の裏をぐるぐると回っていたらしい、それにしたって疲れた。息を切らしながら席につくと、回りの女の子は奇妙な物でも見るかのように私へと視線を送った。
「ねえ、あれが例の…」
「やっぱり品がないよね」
クスクスと小声で叩かれる悪口は明らかに自分へと向けられていて、私が後ろへと睨みを聞かせれば女の子達は静かになった。
(あー、うるさいうるさい)
しかし、彼女達は首席で合格した自分からしたら頭が悪いのだと考えれば少し気持ちはすっきりした。
「あんた度胸あるね」
「…はい?」
隣から聞こえた笑いの含んだ声に問い返せば、すらりとした長い黒髪を後ろで結んだ美しい少女。回りの子達と比べ、全く着飾っていないのにその美しさは格別だった。
「ごめんごめん、さっきのあんたカッコよかったからさ」
「はあ、」
「私、寿悠(コトブキ ハルカ)。あんた今年の奨学生なんだろ?」
「な、なぜそれを」
「それぐらい常識。あんたはわかんないかもしれないけど、ここの学校の生徒は地位と周りを気にして生きてる奴等ばっかだからさ。…でも、中途半端な奴に限ってよ崩れた騒ぐのよねえ」
わざと聞こえるようにそう言うと、寿さんはニタリとそれは悪そうに笑った。私からしたら寿さんの方が、よっぽど度胸がある。
「あんた、名前は?」
「雛森、美奈子です」
「よろしく、美奈子」
豪快に笑いながら背中を叩かれて、私は苦い笑いしか浮かべられなかった。そのあと悠(寿さんと呼んだら怒られた)から学校のことや、悠があの有名なコトブキのファッションブランドの社長の娘ということがわかって驚いた。何でも、悠はたまにモデルを任されることもあるらしい。
「おかげで今日も明日も、ずっとダイエット。好きなもの食べちゃダメなんだよね」
「その細さでデスカ」
「あ、そろそろ始まるみたい。……美奈子、とりあえず耳を塞ぐことを勧めるよ」
「…はい?」
それはどういうこと?
そう聞く前に、耳をつんざくような黄色い女の子達の歓声。ぐわんぐわんと頭の中が揺れるような錯覚さえ起きる
「あーあ、だから言ったのに」
「!言うの遅いよ」
「ほら、有栖川名物の王(キング)の登場」
「キング?」
前を向けば一人の男の子が舞台に立ち、マイクを前に立っていた。どうやらこの女の子達の叫びは彼に向けられているらしい。
「ようこそ新入生の皆さん、今年も多くの生徒がこの有栖川学園に集まってくれたことを光栄に思っています。」
にっこりと作り物のように綺麗に笑う男の子は、ここからでもわかるくらい魅力的なものだった。芸能人に疎い私でも、納得してしまうほどの洗練された容姿は確かにキングという名が相応しい。
(綺麗な金色…)
見とれていると悠に「惚れたか」と小突かれ、私は苦い笑みで首を横に降った。人間が違いすぎる、まるで私とは別の生き物のようだ。全てが、キラキラに輝いていた。
「早速ですが、ここで今年の『アリス』の発表を行おうと思います。…伏見、前へ」
「はい、キング」
ふしみ、呼ばれて舞台袖から現れた眼鏡をした男の子もまたキングとは違う魅力があった。キングはとにかく派手、きらびやかな雰囲気だが伏見さんは凛とした西洋人らしいキングとは対照の雰囲気。思わず悠に「あの人もカッコいいね」と小さく問いかけたが、悠は眉間にシワを寄せ苦い顔をしていた。
「…悠?」
「知っている方も多いようですが、今年も新入生のお嬢様の中から『アリス』を決めます。アリスはこの学園の絶対権力であり、我々ワンダーランドのトップとして役を担ってもらいます、では皆さんくじを開けてください」
アリス?くじ?
「悠!」
「え?…あ、ああ何?」
「くじってなんのこと」
「もしかして、引いてないの?」
見せられた桃色の四つ織りの紙、見たことのあるそれに私はポケットを探ると朝の男の子からもらった紙を取り出した。
「なんだ、引いてるじゃない」
「……もらった」
「え?」
がさり、とゆっくりとくじを開いてみると何枚かの桜の花弁と共に現れた四桁の数字
『3251』
「3251番のお嬢様、前に出てきてください」
「!」
確かに、今確かに3251番と言った。何度も繰り返される数字に私が呆然としていると悠に紙を覗き込まれ、ぎょっとする。
「うっそ、あんたが…アリス?」
桜吹雪、その中で一人の男の子が笑っている
『ゴミはゴミでも、最上級のゴミだよ』
手のひらに乗せられたちっぽけなこの紙は、誰もが、それこそ喉から手が出る勢いで欲しがる価値のある
「最上級の、ゴミ…」