夢の欠片 ~カタチあるもの~
第三章【オレンジ色 】



脅かすような風はわざとらしく音を立てて去った。


暑いような、寒いような、じわり汗をかく嫌な重い気分にさせるなにかがそこにはあった。


薄く泣く女の子の声は小さな空間にぽつり消えていく。


押し込められたのは狭い、狭い場所。


ああ、あの夢の続きを体験しているんだ。

この哀しい夢はまた忘れてしまいたい。

目を逸らしたい。目を覚ましたい。


「夢成……? いるか?」


「おにいちゃん……」


月明りのように、落ち着いた光。


「錠前、か。壊せないな。今なら助けれると思ったけど、ここまでしてるなんて」


「待って! いかないで! ここに、いて。お願い。怖い」


「どこにもいかないって! お兄ちゃんがサビしい想いさせたことあったかー」


暖かくなり始めた心が、瞳から零れた。


小さな嗚咽は照らされてピカピカ光る。


「今は見えないけどなぁ、夢成はずっと護られてるんだよ。朝と昼はお兄ちゃんが、夜になったらお月さまが夢成のことを、かわりばんこで見護ってるから」


「どうして夜はお月さまなの。お兄ちゃん護ってくれないの?」


「うーん、夜になったら夢成のとなりでお兄ちゃんも眠るから、その間だけお月さまに『お願いします!』ってしたんだ」


「じゃあいつでも一緒だね」


「うん、一緒」


微笑みを投げ合う兄妹。


血の通ったやり取りがここにはあって、それは困難を乗り越えてきた証明。

絆で繋がった確かな『家族』の姿だった。


「ねえ、いつもみたいにうたって」


「いいよ、そうだな……んん。『終わらない歌をうたおおー クソッタレの世界のたぁめー おわら……』」


「別のにしてー!」


「んー、そーだなぁ。『涙 こぼぉしてぇもー 汗にまみれたぁ笑ぇ顔のぉ中じゃー……』」


「くらいー!」


「えぇー!? えーとなぁ……『泣かないでひっとっりでぇ ほほえんでみっつっめてー あなーたのーそばーにいーるから』」


「『悲しみにさっよぉならー ほほえんでさぁよっならー あーいをぉふたーりのーためにぃ』」


扉ごしに歌いあう。


すると金属の重たいなにかがゴチャリと落ちた。


ガラガラと扉が開いて、月明りがシルエットを映し出してくれた。


「なん、で……? かぎは?」


手には妙な形になったヘアピンとスマートフォンが握られて、優しく微笑んで教えてくれた。


「ま、イマドキ調べてわからないことのほうがないからね。無理だったどうしようかと思ったよ。どう? ルパン三世みたいでカッコ……」


ぼふりと布の音がして、それはまた泣き声に変わった。


「こわかった。ホントにこわかった……」


「うん、もう大丈夫。兄ちゃんもお月さまもいるよ」


ふと、不自然に私に振り返って微笑むと、


「さぁ起きて、もう朝だよ」



< 21 / 24 >

この作品をシェア

pagetop