禁じられた放課後
あの夜の翌日、直哉が校長室に出向いたわけはこのことだったのだ。
そして直哉はこの日、再び校長室を訪れようとしていた。
長い廊下が、夏の熱気に支配されている。
今日は、風がない。
一階に下りる階段に差し掛かった時のことだった。
下からこちらに向かってくる生徒の髪は、陽射しに透けて輝いている。
俯きかげんで見えない表情を想像しながら、直哉はその生徒に声を掛けた。
「早瀬」
一瞬驚いた顔で直哉を見上げると、涼香はその隣を走り抜けようとした。
直哉に腕をつかまれると、それを振り解こうとしながら目を背ける。
涼香の中にも、複雑な気持ちは渦巻いていたのだ。
「早瀬、ちょっと待て。お前変な噂で困ってるんじゃないのか。他の生徒が話してるのを聞いたけど、違うならはっきりそう言わないと……それとも」
「離してくださいっ!」
涼香は下を向いたまま直哉の腕をつかみ返した。
それでも離そうとしない直哉を、やがて唇を噛み締めて見上げる。
「……もう何もわからないから。どうすればいいのかも、誰に何を話したらいいのかも」
「早瀬……」
直哉は涼香から手を離した。
涼香は、そのまま直哉の腕に繋がっている。
込められる力には、その気持ちまでも表れていた。
「先生が何を考えてるのかだってわからないし。本当は一番知りたいことだけど、どうやって聞けばいいのかもわからないし」
我慢しようと思うほどに、涼香の頬には涙が流れた。
二人の関係を壊したくなかったから、直哉の重荷にはなりたくなかったから、自分の気持ちだけは伝えても、直哉に返事を求めることなどしなかったのだ。
そんな不安が、一気に溢れていく。