『へるぷ』





「大丈夫か?」


「……晃汰」


「うん?……って、海咲、お前なんで怒ってんの?俺何かした?」



視線が合って、晃汰が表情をひきつらせた。


近くに鏡がないから分からないけど、けっこう怖い顔になっているみたいだ。


あたしは無言のまま、晃汰のほうへ一歩進んだ。


晃汰は一歩下がる。


それを2回繰り返すと、狭い通路だから晃汰の背中は壁にくっついた。



「ちょ、海咲?落ち着け、な?」



晃汰がますます顔をひきつらせて、あたしに「待った」とサインを送ってくる。


それにもカチンときた。


あたしは無言で、晃汰の顔のすぐそばに手をついた。


殴るつもりでやった、グーじゃなかっただけありがたいと思え晃汰。


晃汰は首をやや逆に傾けてあたしの手を回避した。


その姿勢のまま、困惑した視線をこちらに向けてくる。



「み、海咲……?」


「晃汰」


「はい」


「あたしにしとけば?」



ぽろりと、自然にその言葉が滑り出た。



「……へ?」



晃汰がきょとんとしてあたしを見返している。


子供みたいに泣きじゃくって、優しくしてくれた晃汰に怒りを感じたら、吹っ切れてしまったのだ。


別に怒っていないけど、頭の奥がとても冷えていて、落ち着いて話せる。


隠さなきゃいけない、という気持ちはどこにもない。


逆ギレ?そう思うなら勝手にそう思っとけ、そんなの知るか。


もうどうにでもなれって気分だ。


いわゆる開き直りだが、今まで散々気を使ってきたんだ、もう気にしない。




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