碧い人魚の海
「大砲を曲げて使えなくしたのは緑樹の王、あなただ。グレイハートが塔を全壊させてあのものをひといきに解放した以上、一気に封じ込めるしか策がなかったのではないか? おれが具体的にそう指示をくだしたわけではないぞ」

「あなたにはわかっていたはずよ。賢者さまに命じれば何が起こるかが。高波を起こして停泊中の船を沈められたくなければ、部下をすべて連れて、いますぐこの地を立ち去りなさい」

 少女の背後から、ぶわりと風が巻き起こる。風と共に崩れ落ちたがれきが塔の形に浮き上がる。無数の石くれは重力を無視して中空にとどまり、まるでこれから人々を襲いかかろうと待ち構えているかのようだ。
 少女のワンピースのすそがはたはたと風にはためいた。
 男たちはおびえ、後ずさった。
 それとともに、地面に倒れたままのグレイハートの身体がふわっと宙に浮く。

「わたしは塔の代わりとしてこの者をこの地にとどめおき、彼を穢れから救う方法を探ることにするわ」

「グレイハートは国に連れ帰る」
 圧倒的な力を見せつける少女を目の前にしても、アルベルトは動ずる気配もない。
「あなたはグレイハートの意識を読みとったのではなかったか。彼には小さな妹がいる。他に身寄りもなく、彼の帰りを待っている。任務を遂行し、彼が帰還すれば、妹は手厚い国の保護を得られるだろう。彼が任務を放棄し途中で逃亡したならば、妹は孤児院に送られる」
 そこで、アルベルトは面白そうに少女を見て、言葉をつないだ。

「わが連邦国は統合されたばかりでね。中でもグレイハートの出身国は貧しい小国だった。孤児院の環境改善にまで、なかなか手が回らない。孤児院の問題ばかりでなく、いろいろな面で立ち遅れているが、政府の要職から逃亡者の出た国だということになれば、なにかと今後の便宜が図りにくくなるだろうな。もし彼に意識があれば、何を置いても帰還しなければならないと言うだろう」

 無言で見返す少女に、アルベルトは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「一緒に来ていただこう、緑樹の王。この男の内側に封印されたものは、あなたの助力なくば外に漏れ出すかもしれないのだろう。そうすれば賢者どのを救い出すどころではなくなるのではないかな」

 なおも少女は男を睨みつけた。が、ふうっと息を吐くと、仕方ないといった顔で肩をすくめた。
「あなたは愚かだけど狡猾だわ」
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