碧い人魚の海
 「できない」とルビーは首を振った。そうしたら貴婦人は4年弱だと答えを教えてくれて、そのあと「人魚は字は読めるの?」と聞いてきた。それにもルビーは首を振る。すると貴婦人はきっぱりとした口調でこう告げた。

「家庭教師が必要ね」
「家庭教師?」
「ええ。読み書きと計算と、基本の礼儀作法を教える先生を呼んで、人魚を教育してもらうの」
「何のために?」
「あなたにきちんと仕事をしてもらうために」

「あたしはここで何の仕事をするんですか? それって字が読めたり計算ができたりする必要があるんですか?」
「ええ、もちろん必要よ」
「でも、あの……」
 ルビーは沸き上がる疑問を口にする。

「毎日見世物小屋に通って軽業の練習をして、他にも家庭教師にいろいろ教わるとしたら、あたしはいつ仕事をするんですか? 奥さまやお屋敷のみなさんが寝静まってからですか?」

「あら、見世物小屋に通うのだって、あなたの仕事のうちだし、家庭教師について勉強するのだってそうよ。だってあなたはわたくしの気晴らしのためにここに来たのですもの。わたくしが楽しいと思えることを、あなたはしなければいけないの。覚えておいてね」

「奥さまが楽しいことって、あたしが見世物小屋に通うことがですか?」
 なおも腑に落ちないという顔のルビーに、貴婦人は微笑んだ。

「さっき言ったわ。見世物小屋と関わることは、わたくしの楽しみの一つなの。でも、そうね、何も座長さんを喜ばせるためだけにあなたを買い取ったわけではないのよ。わたくしがあなたを手に入れたいと考えた本当の動機を教えてあげましょうか?」

 ルビーは目を見開いて、貴婦人を見返した。

「あなたを買い取った一番大きな理由はね、人魚、あなたを一人屋敷に残して他の人たちを帰した夜に、アーティが迎えにやってきたでしょう。彼があなたに関心があるみたいだから、わたくし、あなたを手元に置きたくなってしまったの。あのとき、あなたがどうして泣いていたのかを彼は知りたがったわ。だからわたくしは思わせぶりに、人魚はとっても純情なのねって言ったの。そうしたら彼、らしくもなく動揺してた。いつもは憎らしいぐらい落ち着き払っているのにね。あの夜の彼は、見ていて本当に面白かったわ」
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