碧い人魚の海

 25 カルナーナの魔法使い

25 カルナーナの魔法使い


「ブランコ乗りは、首相には会ったことあるの?」
 1杯目のグラスを飲み干したブランコ乗りが、給仕にお代わりを頼み終えるのを待ってから、ルビーはそう聞いた。
「一介の庶民には一国の首相に謁見できる機会はそうそうないよ」
 ルビーの質問に、ブランコ乗りは苦笑した。
「でもきょうはニアミスだったね。惜しかったかな」

 きょうはルビーもブランコ乗りも、貴婦人の家の応接室に通されていたはずの首相の顔は見ていない。首相じきじきの訪問だとは思えないほどの警備の薄さで、玄関の前に黒い制服の男が二人立っているだけだった。前庭に停められた馬車も、灰色の幌を被せただけのごく地味なものだった。
 もっともその二人は眼光鋭く身のこなしにも隙がなく、いかにもただ者ではないといった雰囲気に満ち満ちていたのだけれども。

「きょう、奥さまは突然首相の話をなさったのよ。でも知り合いだとは思わなかった」
「あの人は一般市民ではないからね。きみもあの人のところにいるのなら、これから首相に会う機会ぐらいはあるかもしれないね」
「あたし、一度会ったことあるの」
 ちょっと迷って、ルビーはそう口を開いた。
「太っているのに目が怖くて、なんか穏やかな人って印象がしない人」
「首相はやり手なんだ。これまでカルナーナの危機を何度も救ってる。確かに、穏やかな人ではないだろうね。ロビン、きみはどこで首相に会ったの?」
「南の島で。アララークの王さま?──元首?かなにかの偉い人と一緒に来てたの」
「連邦の元首? 視察に同行してたのかな?」
 ブランコ乗りは首をひねった。

 ルビーは黙った。アララーク元首が探していた緑樹の王と呼ばれる少女のことや、何かの呪いがかかっていた塔のことや、禍々しい魔力に満ちた呪いを自らの体内に移し替えてしまった賢者のことを説明するのは難しい。
 カルナーナの首相は、恐らく魔法使いだ。でも、それってカルナーナの国民が知っていることなんだろうか。カルナーナの国民にとって、魔法とか魔術とかは、日々の暮らしに近いところにあるものなんだろうか? それともこの国の人たちは魔法を、どこか別の世界のことのようにしか思ってないんだろうか?

「首相と何か言葉は交わしたの? そのとききみはまだ人魚だったんだよね?」
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