碧い人魚の海

 27 グレイハートの3の弟子

27 グレイハートの3の弟子


 嗚咽はしばらく続いていたが、やがて小さくなり、いつしか止んだ。人の動く気配とともに、ブランコ乗りの声が聞こえた。
「水をどうぞ、奥さま」
「……ありがとう」
 深いため息とともに、静かに貴婦人は答えた。
「きょうのあなたは、とてもお行儀がいいのね」
「隣の部屋に人魚がいますので」

 自分が目をさましていることがまるでわかっているかのような口ぶりに、ルビーはどきどきした。

***

 水差しからコップに注いで渡された水を一口、口にして、ジゼル・ハマースタインは目の前の背の高い青年を見上げた。
「あの子は眠っているのでしょう?」
「庶民は気が小さいので、人が近くにいると落ち着かないんですよ」
 どこか言い訳めいたその返答に、彼女は笑みを漏らす。
「気になる女の子がすぐ近くで寝ていたら、それは落ち着かないでしょうね」

「女の人って、どうしてすぐそう、誰が誰を好きとかお似合いだとか、そういう話にしたがるんでしょう」
 アートは呆れ顔になる。
「さっき似たようなことを人魚にも言われたばかりです」
「彼女はなんて?」
「ぼくがあなたを好きなんだろうって」
「それで、あなたはなんて答えたの?」
「それが、返答に困るような言い方をされてしまったので……」

 そう答えながら、アートは小料理屋での人魚の言葉を思い返した。
 奥さまのことを好きなのね、と少女にいわれ、即座に否定したが、そのすぐあとで人魚の言葉に恋愛的な含みがないことに気づいた。
 それはどこまでも単純で根源的な言葉だ。その人が好きか。その人の存在を肯定するか。何かあったときに、その人の味方になり、支えになりたいと願うか。
 答えは多分、イエスなのだ。

 この奔放で享楽的な人の悪い女性は、芸人と顧客という立場的なことはさておいても、恋愛の対象としては自分などの手に負える相手ではない。そのことは重々承知していたし、自分の中でも折り合いをつけることはできていると思う。
 けれどもそれとはまったく関係なく。
 今、彼は、及ばずながら、ささやかながら、彼女の力になりたいと考えている。

 と、同時に。
 現実には、それと全く逆のことをしようとしている自分も自覚している。
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