碧い人魚の海
「そうね。魔術について思い至ったのは後日で、そのときは気づかなかったの。ほかにも、はっきりしないことがいくつかあるのよ。だからロビンに聞こうと思ったのですけれども。ときおりあの子から、何かの魔力のようなものが満ちるのを感じることがあるのよ。いつもではないけれども──たとえばロビンが歌を歌っているときとか」

 ルビーは貴婦人が、アンクレットを見せてくれと言っていたことを思い出した。貴婦人はアンクレットが何かの魔力の源になっていることに気づいたのかもしれない。
 きょう、貴婦人の前で歌を歌っていたときに、アンクレットが何かの力を持って働きかけてきていたのは、ルビー自身、確かに感じていたことだった。

 緑樹の少女のいた南の島で見かけた白髪の賢者グレイハートのことも思い出した。でも彼は髪こそ真っ白だったけれどもまだ若者に見えた。” 永らくどこの国にもどこの組織にも属さない”というほど長く生きた人にには見えなかった。
 もうひとつの疑問は、3の弟子という言葉だった。3の弟子というからには、1の弟子と2の弟子もどこかにいるんだろうか?

***

「ぼくにはそういうものは一切感じられないので、よくわかりませんが。ところで人魚に歌を習わせるそうですね。それも150日で1000曲覚えるようにって。結構無茶ではありませんか?」
「ロビンはなんて言っていて?」
「あなたと約束したと。150日で1000曲歌えるようになったら、自由にしてもらえると。その代わり、それができなければ、あなたのものになると」

 ジゼルは微笑んだ。
「もしもロビンが自由を手に入れ損ねたら、そのときはまた、あなたがあの子を助けにいらっしゃいな」
 本人は気づいているのかいないのか、人魚の話になると、ジゼルの表情から翳りは薄れ、和やかで穏やかな顔になる。どこかほっとした心地でその顔を見返しながら、アートは軽い調子で請け負った。
「ぼくなどがあなたにとって、人魚の代わりになるのでしたら、いつでも、喜んで」

 が、そのあとで、すこし考えて彼は言い加えた。
「ですが、どちらかというとぼくは、人魚が自力で自由を勝ち取る手助けがしたいかな。人魚に知っている限りの歌を伝えてもいいでしょうか?」
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