碧い人魚の海
 ジゼルのくっきりとした綺麗な目は見開かれたまま、じっとこちらを見ている。子守唄がわりにもならない話をうっかり始めてしまった気まずさから、アートは彼女から視線を外し、ぼんやりと燭台の明かりに目をやり、それから目を閉じた。

「書物を読むのが好きだと言っていて、博識でした。学者になるのが夢だったけれども、父親が悪人に騙されて身ぐるみ持って行かれ、自分は売られてしまい、上級学校に行くことができなくなったと残念がっていました。忙しい商人に買われて働きながら経理の勉強ができたら幸運かもしれない、などと語っていました。でなければ大きな病院で何か人の役に立つことが学べるような仕事ができたらと」

 目を閉じれば大きな口を開けて笑う彼女のその素朴な笑顔を、動くその姿を、仕草を、声を、夢見るように語っていた言葉を、いまでも生々しい質感を伴って、アートは思い出すことができる。どうしようもなく無力な自分と向き合うはめになった、苦い記憶とともに。

「ですが……」
 彼は一度言葉に詰まり、しばらく黙っていたが、やがて、ぎごちなく会話を再開した。
「彼女が買われていったのは、そのどちらでもない見世物小屋でした。それは、兄がぼくを見つけ出して訪ねて来てくれた日の、前日のことでした」

「アーティ。あなたの話に矛盾を見つけたわ。あなたは最初、その女の子にはすぐに買い手がついたと言わなかった? 彼女が買われていったのは本当に、お兄さまがあなたをお迎えにいらした日の前の日だったの?」
 彼が話の続きを始めるまで、静かに黙って待ってくれていたジゼルだったが、すぐにそう指摘してきた。

「……本当ですよ」
 どう返答しようかしばし迷ったあと、アートは低い声でゆっくりと言った。
「最初彼女は買われていって、すぐに──3日後ぐらいに戻ってきたのです。そのあと座長がやってきて、今度は彼女は見世物小屋に買われていきました」

「全部話して」
 目を開けたジゼルは、アートの頬に手を伸ばして触れてきた。それからおもむろに身を起こすと、座っている彼の顔を、至近距離から覗き込んでくる。
「彼女に何があったの?」

 ジゼルがとても注意深くここまでの彼の話に耳を傾けてくれていたことを感じ、申し訳なく思うとともに、いたたまれない気持ちでアートは謝罪した。
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