碧い人魚の海
 ひどく眠たげな顔で使用人の後ろに回ったブランコ乗りを、貴婦人は呼んだ。
「アーティ、こちらへ。隊長さんに紹介するわ」
 ブランコ乗りは眠たげな顔のまま前に出てきて無言で貴婦人の傍らに立った。
 貴婦人に紹介されて、ブランコ乗りはアルトゥーロですと短く名乗り、頭を下げた。
 髭男は何も言わず、ブランコ乗りを嫌そうな顔で見た。


 事情聴取はホールわきの会議用のテーブルのついた応接室を1室開放して、一人ずつ行われた。
 話を聞き終った使用人から順に放免されて屋敷での仕事に戻っていったが、ルビーは執事とともに、貴婦人の傍らで、一人一人に形式的な質問を繰り返す髭男を見ていた。
 ルビーもブランコ乗りも、真っ先に事情聴取を受けていた。そのとき自分たちが聞かれた内容と違って、他の使用人たちに対する聴取は、形だけのごく短いものであることが見て取れた。
 ブランコ乗りは、最初の方の自分の聴取が済むと、眠いから失礼しますとだけ言って、2階の部屋にさっさと引っ込んでしまい、ここにはいない。

 全員とやり取りを終えると、髭男は椅子に座ったままで顔を上げた。
「屋敷には不審なものが逃げ込んだと見られる形跡はありませんでした。善良な市民のみなさんのご協力に、警察は感謝いたします。あとは、きのうの夕方奥さまのところを出発した側仕えの少女とロガール氏が、夕食のために入った店に確かにいたという裏づけがとれれば、聞き込みは完了です」

 横から副長らしき憲兵が口をはさむ。
「隊長、店は深夜まで営業する居酒屋です。この時間にはまだ、だれも出勤していない可能性が高い。昼近くともなれば、仕込みの者などが出てくるでしょうが」
 副長は黒髭の隊長と対照的に、全体に色素の薄い、怜悧な印象の眼鏡の男だった。
 髭男は頷いた。
「部下を一人、いえ、二人こちらに残します。奥さまにはお手数ですが、裏づけと確認がしっかりとれるまで、ロガール氏をここにとどめ置くようご協力願えますか。部下にロガール氏を見張らせていただきます。お目障りかとは思いますが、遅くとも昼過ぎには結論が出ると思いますので」
「わかりました」
「それからこれは……少々差し出がましいようですが……」
 髭男は少々ためらってから口を開いた。
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