碧い人魚の海
「あのような賤しい芸人との火遊びは、感心いたしませんな。亡くなられたあなたのご主人が、さぞお嘆きではないかと……」
 ルビーは男の濃い髭に覆われた口元をじっと見た。
 賤しい芸人とはどういった意味だろう。いい言葉ではない。
 ただ、目の前でどこか所在なげに髭をいじっている男は、親切心とかそういうものから言っているらしい。本人にしてみれば悪意はないつもりなのだ。

 貴婦人がルビーの肩に手をかけたので、ルビーは振り向いた。ルビーは貴婦人の口の両端が微かに釣り上がるのを見た。
「隊長さんは、主人をご存じですの?」
 髭男も副長も気づくはずもなかったが、この声は、貴婦人が面白がっているときの口調だ。
 あのベールの下にいま彼女は、人の悪い笑顔を隠しているのだ。

「いえ直接には。ですがご夫君の武功については聞き及んでおります」
「主人とわたくしは、身分違いの恋でしたの。隊長さんは、身分違いの恋について、いかがお考えでしょう?」
「カルナーナは自由な平等国家です」
 ぴしりと姿勢を正し、髭男は答えた。
「身分違いなどという言葉は存在し得ません」
「では、奴隷についてはいかがお考えですか?」
「わたしは現在の政府の見解と立場を同じくしております。奴隷制度は必要悪であるとの考えです。また、カルナーナは発達した商業国でもあります。国家が今後も滞りなく富み栄えていくことが最優先事項になりますので、古くから築き上げてきた制度を改革するには、慎重を要します。しかし、奴隷に関しての救済的法律は、いまのところ、なかなかうまく機能を始めているのではないでしょうか」
「隊長さんは、職業に貴賎はあるとお考えですか? 見世物小屋の芸人は賤しい職業のものだと?」
「だって見世物ですよ? 国を守るのでもなければ作物や工芸品を育てつくるのでもない。食事を提供するわけでもなければ、教壇から人を教え導くのでもない。人々の下世話な好奇心を満たすためだけの仕事ではないですか? 春を売るのだって平気な連中だ。女は娼婦と同じ、男はゴロツキと同じだ。むしろわたしが問いたい。それは、誇りをもって従事できる職業なんですか?」
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