碧い人魚の海
彼は主に貴婦人に話しかけていたので、ブランコ乗りと憲兵の少年とルビーの3人は、2人の会話を黙って聞いていた。
席はブランコ乗りと眼鏡男が向かい合わせで、眼鏡男の隣が少年、少年の向かいがルビーでルビーの隣がブランコ乗り。ブランコ乗りと眼鏡男の向こう側の隅っこに、貴婦人が座っている。
奴隷解放論者ではないのかという眼鏡男の問いかけに、貴婦人は特に気を悪くした様子もなく、相変わらずおっとりとした口調で答える。
「わたくしは友人を心配しているだけですわ」
「なぜ奴隷などを友人に」
「見世物小屋の座長さんとは以前より懇意にさせていただいておりますの。ハロルド・レヴィンは一流のナイフ投げですのよ。副長さんは、彼の流麗なナイフの技をごらんになったことはありませんの?」
「見世物のナイフ技など、子どもだましでしょう。実戦の剣術には比べるべくもない。失礼ですがハマースタインの奥さまは──」
言いかけて彼は一旦言葉を切り、別の呼び名に言い直す。
「ブリュー侯爵ご令嬢は、だまされておいでなのでは?」
眼鏡男のとなりで、少年がびっくりした顔で貴婦人を見た。
眼鏡男は部下の様子に気づいて振り返る。
「この方はブリュー侯爵のご令嬢の、ジゼル・ブリューさまだよ。カルナーナの貴族の中でもとても身分の高いお方だ。本来ならこんな町はずれの鄙びた屋敷で一介の兵卒や見世物小屋の曲芸師などと一緒に食事をされるような方ではないのだがね」
貴婦人は、本当に不思議そうな様子で眼鏡男に尋ねた。
「失礼ですが、どこかでお会いしたことが?」
「侯爵令嬢は、かつての求婚者をお忘れですか?」
その言葉に、ルビーの向かいの少年は2度目のびっくり顔になって、今度は眼鏡男を見上げる。
ルビーはちらりと隣のブランコ乗りを見た。ゆうべ聞こえてきた会話が夢でないなら、貴婦人はかつての求婚者たちの顔など、まるきり忘れているに違いない。
ブランコ乗りは知らん顔で、スープを飲み、ちぎったパンを口に運んでいた。目の前で交わされている会話には、聞こえてはいても特に興味ないといった態度だった。
ルビーの視線に気づいたブランコ乗りは、しかし、「朝食のメニューにしてはきょうのこれは少し重いと思わない?」などと、眼鏡男の話とは全く関係のないことを小さくささやいてきた。
ルビーはブランコ乗りの言葉を聞き流した。
席はブランコ乗りと眼鏡男が向かい合わせで、眼鏡男の隣が少年、少年の向かいがルビーでルビーの隣がブランコ乗り。ブランコ乗りと眼鏡男の向こう側の隅っこに、貴婦人が座っている。
奴隷解放論者ではないのかという眼鏡男の問いかけに、貴婦人は特に気を悪くした様子もなく、相変わらずおっとりとした口調で答える。
「わたくしは友人を心配しているだけですわ」
「なぜ奴隷などを友人に」
「見世物小屋の座長さんとは以前より懇意にさせていただいておりますの。ハロルド・レヴィンは一流のナイフ投げですのよ。副長さんは、彼の流麗なナイフの技をごらんになったことはありませんの?」
「見世物のナイフ技など、子どもだましでしょう。実戦の剣術には比べるべくもない。失礼ですがハマースタインの奥さまは──」
言いかけて彼は一旦言葉を切り、別の呼び名に言い直す。
「ブリュー侯爵ご令嬢は、だまされておいでなのでは?」
眼鏡男のとなりで、少年がびっくりした顔で貴婦人を見た。
眼鏡男は部下の様子に気づいて振り返る。
「この方はブリュー侯爵のご令嬢の、ジゼル・ブリューさまだよ。カルナーナの貴族の中でもとても身分の高いお方だ。本来ならこんな町はずれの鄙びた屋敷で一介の兵卒や見世物小屋の曲芸師などと一緒に食事をされるような方ではないのだがね」
貴婦人は、本当に不思議そうな様子で眼鏡男に尋ねた。
「失礼ですが、どこかでお会いしたことが?」
「侯爵令嬢は、かつての求婚者をお忘れですか?」
その言葉に、ルビーの向かいの少年は2度目のびっくり顔になって、今度は眼鏡男を見上げる。
ルビーはちらりと隣のブランコ乗りを見た。ゆうべ聞こえてきた会話が夢でないなら、貴婦人はかつての求婚者たちの顔など、まるきり忘れているに違いない。
ブランコ乗りは知らん顔で、スープを飲み、ちぎったパンを口に運んでいた。目の前で交わされている会話には、聞こえてはいても特に興味ないといった態度だった。
ルビーの視線に気づいたブランコ乗りは、しかし、「朝食のメニューにしてはきょうのこれは少し重いと思わない?」などと、眼鏡男の話とは全く関係のないことを小さくささやいてきた。
ルビーはブランコ乗りの言葉を聞き流した。