碧い人魚の海
 見世物小屋のことが全体的に誤解されているのか、それとも何の根拠もなくイメージだけで蔑んでいるのかはわからないが、とにかくルビーはむかついて、頭の中で反論の言葉を探そうとした。
 そのとき。

「ぼく、知っています! 」
 横から少年兵が口をはさんだ。
「舞姫のレイラさんですよね。政府の高官に囲われていたけれども、ダンスを極めたいという願いからその人と決別して町に下り、見世物小屋で一躍人気者になったっていう……。自分の道をつき進むレイラさん、かっこいいですよね」
 頬を紅潮させ、少年は熱弁した。
「姉と一緒に興行を観に行ったこともあります。綺麗で躍動的で神秘的で……とにかく別格の、特別な舞いなんですよ。ぼく、一遍でファンになりました。そうだ、ロガールさん、姉はあなたのファンなんです。一緒に食事したことを話したら、姉はうらやましがるだろうな……」

 見世物小屋を揶揄するような陰湿な空気が、一気に吹き飛んだ。
 ブランコ乗りは苦笑しつつ、少年に軽く目礼をする。
「どうもそれは、光栄です。お姉さんに、よろしくお伝えください。舞姫には、あなたがファンだということをお伝えします。舞姫もきっと光栄に思うことでしょう」

「ぼく、あなたのことも知っています。たくさんのご婦人と浮き名を流されていることとか。……最近でしたら女占い師のマリア・リベルテとのことが、噂になっていますよ」
 一度は陰湿な空気を吹き飛ばした少年の演説だったが、ブランコ乗りにとって、少々雲行きが怪しい。

「まあ」
 案の定、貴婦人が面白そうに口をはさんできた。
「アーティ、あなた、女占い師の方と親しいの? 占いだなんて楽しそうね。ぜひ紹介していただきたいわ」

「すみません。姉が購読しているタブロイド紙に載っていたんです。ゴシップなので、根も葉もない嘘も混ざっていると思います」
 うっかり発言だったことに気づいた少年は、首をすくめ、急いで話題を変えた。
「ところで副長、あなたは政府の高官の方とお知り合いなのですか? どこで知り合われたのです?」

「そう。わたくしも、それをお聞きしたいわ」
 貴婦人もそう、口を添えた。
「副長さん、あなたには確かに見おぼえがあります。さっきから、思い出そうとしているのですけれども……」
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