碧い人魚の海

 05 見世物小屋

05 見世物小屋


 ルビーは捕えた若者の手によって市場に連れて行かれ、競りにかけられ、人買いの手を経て見世物小屋に売られた。
 尻尾に大きな怪我をしてしまったため、怪我が治るまでは変身ができなくなってしまい、逃げ出すこともできなかった。傷が癒えて力が戻ってくる前に、魔力を封じるアンクレットを尻尾のくびれにはめられた。
 最初の処置がおざなりだったため怪我はなかなか治らず、治ってからも綺麗だった赤い尻尾に無残な痕が残った。

 あの女の子はルビーを逃がすか、または自分の手元に置いて保護させてもらえないかと頼んできていたらしい。
 けれども”人の世の理(ことわり)”というものがあって、そうもいかなかった。

 一度逃げ出したルビーを捕えた太った男は、アララーク連邦南端に位置する豊かな商業国カルナーナの首相だった。少女の島はそもそもカルナーナの領土内にある。その領土内で捕えた娘であり、彼自らの手で捕えたということもあったので、ルビーに対する権利を彼は主張し認められていた。
 もしもルビーが本当にあの少女の召使いか何かだったのなら、少女を従えることとなったアルベルトに権利があったはずだったが、実際はルビーと少女は何の関係もなかったのだから、これは仕方がない。

 そして、カルナーナ国内での決まりによって、今度はルビーを捕えた水夫の若者に、ルビーの所有権が認められることになった。
 カルナーナは海の国でもあった。海の国には海の国の掟というものがある。身体を張って捕えた者が、海の獲物に対する一番の権利を持つ。身分も立場も年齢も関係ない。カルナーナは公正な国で、太った男は公正な首相だった。

 海に飛び込んでルビーを捕えた若者を思い出すと、彼女はむしゃくしゃした。尻尾の傷を見るたびに、ルビーは悲しくなった。綺麗な色ね。みんながそう褒めてくれた自慢の尻尾だったのに。ルビーは16歳になったばかりなのに。もうずっと、ずっとずっと、尻尾のこの傷あとは消えないのだ。北の海の人魚たちの誰も、こんな大きな傷を負った尻尾の持ち主なんていない。

 それでもアシュレイが無事に逃げおおせたのは、ルビーの大きな慰めだった。きっと今頃どこかの大海原をのんきに泳ぎ回っているに違いない。アシュレイのしゅっとした背びれが水の流れの中できらめいて遠ざかる姿を、ルビーは夢想した。
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