碧い人魚の海
 さっきまで部屋の中の音に聞き耳を立てていたのだろう。客人に遠慮して、すぐには入ってこられなかったのだろうが、何かが壁にぶつかる音で、異常と判断したらしい。

 4人の兵士を振り返る眼鏡男の顔に、再び冷笑が浮かぶ。
「おまえたち、そこにわたしの部下が伸びているだろう。この男はたったいま、わたしの部下を殴り倒したんだよ。見た目に似合わない、凶暴なやつだ。
 暴力を働いた狼藉者を、いまから手打ちにするだけだ。そこで黙って見ていなさい。部屋の調度を少々汚してしまうのは申し訳ないが、それ以外で、おまえたちのご主人に迷惑はかけないからね」

 男の言葉に、剣を抜いたばかりの4人の警備兵の間に、動揺が走る。
 が、彼らのうちの一人が意を決した様子で、正眼の構えで部屋に一歩踏み入れた。4人の中でもひときわ体格のいい、入道雲のような大男だ。岩石のようないかつい顔をした、スキンヘッドの強面だ。

 ブランコ乗りとの間に立ちはだかって自分に向き合う大入道の姿に、眼鏡男は目を細めた。

「おまわりさんには逆らうなと、お母さんから教えてもらわなかったのかね?」

 優しげな口調で、からかうように言うと、にんまりと笑う。

「逆らうと、業務執行妨害の罪に問われるよ。おまえの雇用主である侯爵令嬢にも罪が及ぶが、それでもいいのかね?」

 眼鏡男の言葉に、剣を構えた警備兵は少しひるんだ様子で、ちらりと貴婦人に目を走らせる。貴婦人が制止のそぶりを見せなかったため、自分の判断に託されたと解釈したのだろう。もう一度剣を構え直す。

「よせ!」
 後ろからブランコ乗りが入道雲を止めた。
「あっちによけてろ」
「しかし、アート……」
「あんたが巻き込まれるとあとが面倒だ。奥さまのところに行っててくれ」

 それからブランコ乗りは、さっき捨てた少年のサーベルを、仕方がなさそうに床から拾い上げ、困ったような顔で振り向いた。
「これでよろしいでしょうか、殿下?」
「剣を取ったな。そうだ。構えろ。構え方はわかるか? 剣を持つのは全く初めてというわけでものなさそうだな」
「本物の長剣を持つのは初めてですよ」
 困惑顔で、ブランコ乗りはそう返す。
「このようなものを庶民が持たずに済むようにしてくださるのが、警察の役目では?」
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