碧い人魚の海
 それからゆっくりと、サーベルを鞘に収めながら、貴婦人を振り返って、そこにいる誰にも意味のわからないことを言った。

「レディ・ブリュー。さすがというべきでしょうね。この少女はすでに、あなたの下僕(しもべ)ですか。それではわたしの言霊ではあやつれませんね。しかもよく訓練されているようだ。
 わたしは、ますますあなたのことが欲しくなりました。
 あなたにはもう、おわかりでしょうが、我々は人よりも、神や精霊に近い存在だ。カルナーナの国民は、この頃よく、魔物という蔑称を好んで使うようになりましたが、魔物ではありません。神と、神の眷属です。
 不届きにもあなたに触れたこの下民の男をわたしの兵士の手で始末し、あなたとあなたにつながる少女をすぐにでもこの場から連れ去りたかったのですが、残念なことに、きょうはもうタイムリミットが来たようです」

 男は振り返ると、ドアの外の廊下に目をやった。
「わたしのもっとも苦手とする人物が、ちょうどいま、この屋敷の門をくぐったようですね。ああ……いま近づいてくる。そのものに対面せぬうちに、きょうはもう、おいとまさせていただきましょう。
 近いうちに、またお伺いします。その日を楽しみにお待ちいただけたらと思います」

 ルビーの目の前で、王族を名乗っていた眼鏡の男が、いままさに劇的な変化を遂げようとしていた。見る見るうちに別人の姿になっていく。
 ごく淡い白っぽい金髪だった髪は、濃いダークブロンドのくせ毛に、ほとんど色のなかった灰色の瞳は、ごくありふれた茶色に、高貴さと陰険さを兼ね備えたような細おもての顔は、ハンサムだけどどちらかというと武骨な軍人の顔に。すらりとした長身はそのままだったけれども、ほっそりしていた肩や腕が2回りほども太くなり、制服の上からでも盛り上がった筋肉がわかるような逞しい体型に変わる。
 入れ替わりの術が解けたのだ。
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