碧い人魚の海
 箱女は全然歌を知らなかった。舞姫は歌詞が適当で、歌うたびにその内容が変わった。いつも大玉乗りと火の輪くぐりのサポート役をしている女の人が、童謡のような歌をいろいろと知っていて、教えてくれた。
 お天気や季節や鳥や花を歌った歌もあったが、人が一人ずつ死んでいなくなっていくような不気味な数え唄とかもあった。帰って貴婦人に歌って聞かせて、こういう歌でもいいのか聞いて確かめたら、特に駄目だとは言われなかった。

 見世物小屋の楽団員にも聞いて教えてもらった。ヴァイオリン弾きはうるさそうな顔をしてあまり相手にしてくれなかったが、フルート吹きが、演奏の合間に短い歌を教えてくれた。
 ルビーが何曲が歌えるようになった頃には、最初は気難しかったヴァイオリン弾きも、ルビーの歌に伴奏をつけてくれたりするようになった。チェロ弾きは、低音でルビーの歌にリズムをつけてくれた。

 ただ、楽団員は、ブランコ乗りと同じで興行のある日にしかやってこない。
 だから、ブランコ乗りが組んだ練習のメニューをこなす合間のちょっとした時間に走っていって教えてもらうしかない。
 彼らは興行のない日は街角に出て、小さな広場でミニコンサートをやっているのだそうだ。

「よかったら聴きにおいで」
 ナマズ髭のチェロ弾きにそう誘われて、猛烈に行きたいと思ったルビーだったが、そんな時間はない。興行のない日の午後は、読み書きと作法と声楽の三つの授業が続くのだ。
 ルビーのスケジュールはいつだって、いっぱいいっぱいだった。

 興行のない日の午前中、手伝う仕事がなかったり、区切りがついて時間がとれるときに、ルビーはロクサムのところに走った。
 息を切らせて走ってくるルビーの姿に、ロクサムはいつも、戸惑った顔をして振り返る。そのあとルビーは仕事をしているロクサムにくっついてまわって、少し話をするのだ。


 きょうは興行日だったにもかかわらず、なぜかブランコ乗りは見世物小屋に出てきていなかった。
 そこで、まだだれも来ていない練習場で一人トレーニングのメニューをこなしたあと、ルビーはロクサムを捜した。
 ロクサムはゾウの餌を入れる籠に、前が見えなくなるぐらい野菜を積み上げて運んでいるところだった。

 いつも忙しそうにしているロクサムだったけど、このまえみたいに強引に仕事を横取りするのはやめた。
「手伝っちゃ駄目?」
< 174 / 177 >

この作品をシェア

pagetop