碧い人魚の海
 そう声をかけるとロクサムは振り向いた。むっつり顔で首を振る。
「駄目だよ」
 言いながらもロクサムは、大きな籠をしっかり抱えてどんどん歩く。
「だってこれは、おいらの仕事だもの」
 ルビーは一緒について歩きながら、ゾウの餌がいっぱいに盛ってある籠を横から覗き込む。
「手伝いたいな」
「重いものを運ぶのは駄目」
 ロクサムの口調が、少し柔らいだ。
「女の子にさせることじゃないもの」
「あたし、もっと腕の力をつけなきゃいけないって、ブランコ乗りに言われたんだけど」
「だったら……」
 ロクサムは一度立ち止まり、少し考えて返事をする。
「ゾウ舎の床を、デッキブラシで磨くの、手伝ってくれる?」
「うん。手伝う、手伝う。それ、一度やってみたかったの!」
「それって、やってみたいことかなあ……」
 よくわからないと首をかしげるロクサムに、ルビーは言った。
「ロクサムと一緒だと楽しいもの。一緒のことがやりたかったの」
「おいらの仕事をやりたいっていう人なんか、ほかにいないよ」

 それは本当のことだった。みんながきつくて嫌だと思う仕事を、ロクサムに押しつけていくのだ。
 最初にロクサムがルビーの世話をすることが決まったのだって、水槽に張る大量の水を毎朝入れ替えなければならないと思われていたからだった。

 けれどもルビーは知っている。ロクサムの姿を見たゾウが、ひどく嬉しそうな顔をして鼻を振ることを。ライオンだって、犬だって、ロクサムが近づくと、構ってほしくてそわそわするのだ。
 ルビーには彼らの気持ちがよくわかった。
 ルビーだって彼らと同じなのだ。ロクサムといるとルビーも、ほっとすると同時に嬉しくなってくる。できれば同じ気持ちをわかちあいたいのもあって、ルビーはゾウと仲良くなりたいのだ。

 水運びがどんなにきつくても、ゾウの喉の渇きが治まるまで、ロクサムは桶を抱えて何度でも往復する。餌となる大量の干し草を何度も運び、果物や野菜のくずを厨房からもらってきては与えている。
 ゾウ舎が臭くならないように、深く掘った穴に、大量のフンをこまめに捨て、上からオガクズをかける。
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