碧い人魚の海
 ロクサムが苦労して運んできた餌を、猛獣使いはときどき横から取り上げる。特に果物やニンジンなどのゾウの好物をロクサムが厨房からもらってきたときは、できるだけ自分で餌やりをすることに決めているようだった。けれども、ルビーが見たところ、本当はだれが自分の面倒を見てくれているのかを、ゾウはわかっているように思えた。
 ゾウは人間が思っているよりも、ずっと賢いのだ。


 ライオンや犬たちには、屠殺場からくず肉が毎日届く。ロクサムはやはり何往復もして、餌を運ぶ。
 重いし、ひどい臭いがする。屠殺場から来た餌を運んだあとは、ロクサムは井戸の水で汚れた腕を念入りにばしゃばしゃ洗っている。
 風呂に入れる予定の日でも、ロクサムはほかの人たちがみんな湯を使ったあとでないと使わせてもらえなかったから、いつも冷たい水を使っている。
 季節は秋に変わって、急に肌寒くなってきていたけれども、ロクサムの日課は変わらない。

 動物たちには好かれているロクサムだったけど、最初は人間の友だちはいないのかとルビーは思っていた。
 でも何日かロクサムにくっついて回っているうちに、厩係(うまやがかり)の老人とは打ち解けて話をすることを知った。

 厩係は、ちょっと異様な風体だ。白髪混じりのもしゃもしゃの髪の毛が爆発するように頭を覆っていて、同じような灰色の髭が口全体を覆い隠している。人間は彼を見ると大抵びっくりするけれども、彼は馬たちにはとても好かれている。
 そして、ほかの人たちと違って、ロクサムに一切動物の世話を押し付けたりしない。馬の餌やりも掃除も蹄の状態のチェックも背中にブラシをかけて毛並みを整えてやることも、こともなげに、全部自分でやってしまうのだ。

 ロクサムは、ルビー以外なら、彼と話すときだけは、どもったり詰まったりせず、普通に話せた。ロクサムは老人を尊敬しているようだった。
 ルビーもすぐに、老人のことが好きになった。
 あまりしゃべらない人だったけど、ロクサムと同じように暖かい空気を持っている。

 ルビーは一応老人にも、知っている歌はないかと聞いてみた。
 彼は「船乗りの歌」というのを歌ってくれたが、「ヨーソロー、ヨーソロー」という部分以外は全部ハミングだった。歌詞は忘れたと言われた。
 貴婦人からの条件は、カルナーナの言葉で歌詞がついていること、だったので、これはボツだ。
< 176 / 177 >

この作品をシェア

pagetop