碧い人魚の海
「これ、とてもおいしいですね」
 会話が途切れたのを見計らって、舞姫が貴婦人に話しかけた。
「何の肉なんですか? 鳥の一種ですか? あたし、初めて食べます」
「鳥じゃないわ。これは魚なの」
 おっとりとした口調で貴婦人はそう答えた。
「魚? だって魚の形をしていないのに?」
「大きな魚なのですって。けさ漁港に水揚げされたばかりのものを買ったのよ。とても新鮮なの。うちの料理長が、この魚に合うソースを調合してくれたのよ。おいしいって言っていただけて嬉しいわ。他の皆さんもいかがかしら? お口に合うといいのだけど……」
 言いながら、貴婦人はぐるりと一同を見回した。

 ルビーは目の前が暗くなった。
 貴婦人は、目の前の皿を、魚だと言った。
 皿の中からルビーを呼ぶのは、ルビーがよく知っているものの声だった。

 アシュレイ──。
 ──どうして?

 あのときアシュレイは、完全に逃げたはずだった。そうして、広い広い大きな海を、どこにでも、どこまでも行けるはずだった。どうしてこんな港町の見知らぬ屋敷の食卓の皿の上に、どうしてこんな風に切り刻まれてソースをかけられて、どうしてこんな変わり果てた姿で乗っかっているんだろう……。

 ルビー、ルビー聞こえる?

 魚の切り身が話しかけてきた。
 座長が、いぶかしげにルビーを呼んだ。
「何をぼんやりしているんだ人魚。料理が冷めないうちに、はやくいただいてしまいなさい」
「人魚は魚は嫌いなのかしら」
 貴婦人がそう聞いてきた。
 ルビーは目を瞠(みは)って大きくかぶりを振った。

 ルビーだって魚は食べる。でもこれは食べられない。
 アシュレイは友達だ。
 友達を食べることはできない。

 ルビー、ルビー、返事をして。

 綺麗に調理された魚のステーキから、また声が聞こえた。
 周囲の人たちは、出された皿のステーキをぱくぱくと食べていく。

 アシュレイ──。

 また目の前が暗くなった。ルビーは目を閉じ、椅子の背にもたれた。
「食事中に行儀が悪いぞ、人魚。ちゃんといただきなさい」
 座長の怒った声が聞こえて、ルビーは無理に目を開けた。
 貴婦人が、椅子から立ちあがってルビーのそばに歩いてきた。
「どうしたの? 真っ青な顔をして」
 心配そうな声で、彼女はルビーの肩に手を置いた。
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