碧い人魚の海
「あなたが魔法を受け取ることを拒んだら、この魔法は宙に浮いてしまって、この国の風にまぎれていつまでもぐるぐると地上を回り続けるしかなくなるわ。そうなってしまったら、いつかこれは呪いのようなよくないものに変化してしまう。お願いよ。アシュレイを食べてあげて。魚の最期の願いを叶えてあげて。そして魔法を終わらせるの」
「アシュレイはお友達よ」
泣きそうな声になって、ルビーは答えた。
「お友達を食べることはできないわ」
「アシュレイはもういないの」
深い、物憂げな声が言った。
「そこにあるのはあなたのために用意された、魚の願いを叶えるための、たった一つの供物なのよ」
ルビーはもう一度、激しくかぶりを振った。
けれどもルビーにはもうわかっていた。
これはルビーのために用意されてもので、食べることを拒んでも、アシュレイはもう戻ってこないのだ。
ルビーは身を起こし、食卓に添えられたナイフとフォークに手を伸ばした。
貴婦人は微笑んで立ち上がり、水差しを取って、ルビーのグラスに水を注(そそ)いだ。
このまま時間が止まってしまえばいい。そう思いながらも、ナイフで切り分けた魚のひと口目を、ルビーはゆっくりと口に運んだ。
ゆっくりと噛んで、それから飲み込んだ。味などまるでわからなかったが、無理にでもおいしいと思おうとした。噛むのは苦痛だったが、さりとて嫌いな食べ物を避けるときみたいに丸ごと飲み下すのにも抵抗があった。けれども結局喉に詰まり、グラスの水の助けを借りて、やっと飲み込んだ。
不意に、魚の記憶が、溢れ出すようにルビーの心の中に流れ込んできた。
青い、青い海の面(おもて)を何度も行ったり来たりしながら、人魚の少女の姿を、魚は懸命に探し続けていた。
あの日アシュレイは小さな人魚の少女と約束をした。日が暮れる頃、南の島の沖合いで待っていて、北の海に少女を連れて帰ると。
アシュレイは少女が心配だったから、約束の時間よりもずいぶん前の、まだ太陽が空高く照り輝いている時間からずっと、海の表面近くをうろうろしていた。
そうしたら、船がたくさんやってきて、そのうちの1艘に見つかった。
船の上から少女は飛び込んできた。透き通る水がきらめき、少女の影が躍る。
一つの言葉がアシュレイを突き動かす。
──逃げなさい。アシュレイ。深く潜るの。
「アシュレイはお友達よ」
泣きそうな声になって、ルビーは答えた。
「お友達を食べることはできないわ」
「アシュレイはもういないの」
深い、物憂げな声が言った。
「そこにあるのはあなたのために用意された、魚の願いを叶えるための、たった一つの供物なのよ」
ルビーはもう一度、激しくかぶりを振った。
けれどもルビーにはもうわかっていた。
これはルビーのために用意されてもので、食べることを拒んでも、アシュレイはもう戻ってこないのだ。
ルビーは身を起こし、食卓に添えられたナイフとフォークに手を伸ばした。
貴婦人は微笑んで立ち上がり、水差しを取って、ルビーのグラスに水を注(そそ)いだ。
このまま時間が止まってしまえばいい。そう思いながらも、ナイフで切り分けた魚のひと口目を、ルビーはゆっくりと口に運んだ。
ゆっくりと噛んで、それから飲み込んだ。味などまるでわからなかったが、無理にでもおいしいと思おうとした。噛むのは苦痛だったが、さりとて嫌いな食べ物を避けるときみたいに丸ごと飲み下すのにも抵抗があった。けれども結局喉に詰まり、グラスの水の助けを借りて、やっと飲み込んだ。
不意に、魚の記憶が、溢れ出すようにルビーの心の中に流れ込んできた。
青い、青い海の面(おもて)を何度も行ったり来たりしながら、人魚の少女の姿を、魚は懸命に探し続けていた。
あの日アシュレイは小さな人魚の少女と約束をした。日が暮れる頃、南の島の沖合いで待っていて、北の海に少女を連れて帰ると。
アシュレイは少女が心配だったから、約束の時間よりもずいぶん前の、まだ太陽が空高く照り輝いている時間からずっと、海の表面近くをうろうろしていた。
そうしたら、船がたくさんやってきて、そのうちの1艘に見つかった。
船の上から少女は飛び込んできた。透き通る水がきらめき、少女の影が躍る。
一つの言葉がアシュレイを突き動かす。
──逃げなさい。アシュレイ。深く潜るの。