碧い人魚の海
 最後にブランコ乗りは、服のポケットから出したロープを天井の釘にひょいとひっかけながら、そのロープにつかまって壁の梯子まで一気に飛び降り、それからまたするすると舞台まで下りてきて、もう一度気取ったお辞儀をして見せ、舞台から引っ込んだ。

 そのあとこぶ男のロクサムと鳥女が出てきて、チップを入れる箱を抱えて、観客席の周りねり歩き始めた。何人かの子どもが手を伸ばして、こぶのように丸く突き出たロクサムの背中を触ったり軽く叩いてみたりしている。
 対照的に、鳥女のトサカには、そのぶよぶよとした形と色が気味悪いからなのか、鳥女の顔そのものが怖いせいか、触ろうとする子どもはだれもいなかった。

「ロクサム!」
 こぶ男が近くを通るとき、ルビーはそちらに向けて大きく手を振ったが、ロクサムはルビーに気づかなかったのか、終始違う方向を見ていて、そのうち別の列に行ってしまった。


 二つの公演が終わったあと、観客のほとんどが帰路に着く時間になって、やっとルビーはこぶ男を見つけた。宵闇の中、ルビーはこぶ男を追いかけた。
「ロクサム待って。半分持つってば。ねえ、ロクサム」
 こぶ男はゾウの餌と水を運んでいるところだった。短い足でちょこちょこ歩くこぶ男に、ルビーはすぐに追いついた。ルビーは彼の腕から、ゾウの餌がこんもりと入った大きな丸い籠を取り上げた。

 すると、ロクサムは立ち止まり、なぜかおどおどとルビーを見上げた。
「駄目だよ。人魚さんに、そんなもの持たせられないよ」
「人魚って呼んでって言ったじゃない」

 ルビーは構わず籠を両手で持って歩き始めた。
 彼は小脇に抱えていた餌の籠のほか、水のたっぷり入った二つの桶を、それぞれ両手に持っていた。籠を取り返そうとして一旦地面に下ろした桶を慌てて持ち直し、ロクサムは小走りでルビーのあとを追った。

「それ、おいらの仕事なんだ。返して、人魚さん」
「あたしは今、何も仕事がないの。手伝わせてくれたっていいでしょ?」
 ロクサムは困った顔になる。
「人魚さんの綺麗な服が汚れちまうよ。それに、おいらが怠けていると、猛獣使いが怒るんだ」
「ロクサムは怠けてないじゃない。仕事をさっさと済ませて一緒に晩ご飯を食べましょうよ」

 こぶ男はびっくりした顔で、ぶるぶると大きくかぶりを振った。
「人魚さんと一緒にごはんなんて、とんでもない」
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