碧い人魚の海
 彼らは、ルビーが溺れて苦しみ出すのを待っているのだ。

 残酷な見世物に対する期待と怖れ。動揺を隠すための無関心。同情。理不尽への怒り。それとはうらはらの刺激への欲求。他人がひどい目に遭わされることへの暗い喜び。矛盾する要素をはらんだ複雑な感情が、人々の視線の中にほの見えた。
 人魚の姿で人々の前に立ったときには決して感じたことのなかった、同じ人間に対してだけ向ける生々しい眼差しを初めて感じ、ルビーは不思議な心地がした。

 それでも、息を止めているのにも限界がある。ルビーは水槽の上に泳いで上っていき、内側から蓋を押してみた。びくともしない。
 このまま限界を超えたら、思わず水を吸い込んでしまうかもしれない。ここで人魚の姿に戻りたくはなかったが、どうしようもない。どうにかならないものだろうか。
 そう思ったら、左足首のアンクレットがまた、ちりちりと痛み始めた。結構痛い。ルビーは身体を丸めて、左手でアンクレットに触れてみた。ビリビリとしびれるような感覚が伝わってきた。

 そのうち息を止めていることが、だんだん苦しくなってきた。
 限界を感じ、水を吸い込もうとしたが、なぜか吸い込むことができない。吸い込もうとしても、水が流れ込んで来ない。まるで何かの薄い膜で、ぴったりと全身を覆われてしまったようだ。
 ちょうどそれは、ルビーが捕えられたきっかけとなったあの島で、空気の流れをあやつって追手の男たちの息をできなくさせたときのように。
 ルビーは水槽のガラスを、外に向かって叩き、息ができないと訴えた。

 座長はやっぱり怒ったような顔で、じっとこちらを見ている。ルビーの訴えに心を動かされた様子は全くなかった。やはり彼はルビーが死んでも構わないと考えているのだ。と思ったら、舞姫が座長につかみかかっていくのが見えた。彼女は座長の服の襟首をひっつかんで揺さぶった。

 視界の端に、遅れてやってきたブランコ乗りが写った。
 彼はすぐさまナイフ投げを促し、二人で水槽に向かってきて、蓋の上の重しを外して蓋を取った。
 上から力強い腕が伸びてきて、水槽の中からルビーは引っ張り上げられた。
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