碧い人魚の海

 13 留まる理由

13 留まる理由


「相談っていうのは、人魚ちゃんをここから逃がすって話なんだね」
 最初に口を開いたのは、ルビーではなく舞姫だった。
「でも、どうやって?」
「ぼくの知り合いのところにかくまう」

 ブランコ乗りの言葉に、舞姫は呆れたように首を振った。
「アート、あんた、まっすぐ疑われちまうよ? ていうか、たとえ逃がしたのがあんたじゃなくてもあたしが座長だったら真っ先にあんたを疑うから」
「証拠がなければ捕まらないよ。それに、登録されているのは人魚で、人間の女の子が逃げたわけじゃない。髪を茶色く染めて、別の町の知り合いのところに連れて行くつもりだ。追跡の手もそこまでは伸びないだろう」
「そっか。ま、このあたりは茶色の髪が一番多いもんね」
 納得したように舞姫は頷いた。
「けど、あんたの知り合いってどういう知り合い? 男なの? 女なの?」

 聞かれてブランコ乗りはいぶかしげな顔になる。
「女性だよ。なぜ、そんなことを聞くんだ?」
「なんでって、そりゃ、あんたが口先三寸で丸めこんだ女のところにこんな美少女連れていってごらんよ。ややこしい事態になること必至だよ」

 ブランコ乗りが何か言い返そうと口を開きかけたのを遮って、ルビーは言った。
「待って。あたし、ここを出て行くつもりはないわ」
「なぜだ?」
「どうして?」
「なんでさ?」
 3人の視線が、一斉にルビーに集まる。

「だって、行くあてもないし……」
 考えて、うまくまとまらなかったけど、ともかく思ったことを口に出してみる。
「あたしだけが逃げ出す理由がないもの」

「理由なら言った。きみにはまだ印がついていない。つまり今のきみなら逃げられる」
「おれも言った。ここにいたら、死ぬまでこき使われる。カルナーナの法律は、場末の見世物小屋までは届かない。死んだら墓もなく、町はずれの荒野に埋められる。それに──」
 ナイフ投げは、途中から、やや強い口調になる。
「きょう、おれはあんたを見殺しにしようとした。長い間、他人に従うことに慣れ切ってしまうと、必要なときに、自分でそう動きたいと思うようには動けなくなってしまうんだ。そのことの怖さを、きょうおれは再確認したところだ。だから、ここには留まるな。だれかに従うしかない運命を、あえて選ぼうとするのはやめてくれ」

「そりゃ違うだろ」
 即座に舞姫がそう返す。
< 54 / 177 >

この作品をシェア

pagetop