碧い人魚の海
「もう一つ聞いていい? これも、もしもだけど、逆にあたしが座長を殺していたら、どうなるの? たとえば薪割りの斧かなんかで座長の頭をかち割るとかして」
 ルビーの口からさりげなく飛び出した少々過激な言い回しに、舞姫がヒュウと口笛を吹いた。
「言うね、人魚ちゃん」

「それは死罪だよ」
 まじめな口調でブランコ乗りが答えた。
「買われた人間が、所有主を殺したら死刑になる。どんな状況でも、例えば殺されそうになって反撃したとしても。そこは以前の法律のまま変わってないよ」

「じゃ、買われたのでない人が、座長を殺した場合は?」
「市民同士のそれは町の裁判所に連れて行かれて面倒な裁判にかけられるんだ。場合によっては死罪になるけど、情状酌量されて、ならない場合もけっこうある」
「だったらもし、市民が貴族を殺したら?」
「市民同士の場合と同じだよ」
「カルナーナの現首相は平民の出だ。他国との兼ね合いもあって、貴族は優遇されている面もあるが、基本的な権利についてはこの国では平民は貴族と同等だ」
 ブランコ乗りの返事に、ナイフ投げはそう言い添えた。

「わかった。そういう決まりが目に見えないところでナイフ投げを縛ってたのね。でも、ナイフ投げは座長に逆らってあたしを助けてくれたし、それってやっぱり勇気がいったと思うの。ありがと、ナイフ投げ。それに、あなたが言いたいことも、わかったと思う。あたしもこれから気をつけることにする。だれかに従うことに慣れてしまわないように。自分をなくさないように」

「人魚ちゃん。あんた、ほんっとにここに残るつもりなのかい?」
 呆れたように、舞姫がそう聞いた。
 ルビーは頷いた。
「さっきも言ったけど、あたしだけが逃げる理由がない気がする。何がなんでもここを出てやらなきゃいけない急用があるのだったらともかく、外の世界に知り合いもいないし、今はここにいた方があたしにできることがある気がするんだもの」

 苦悩するロクサムの姿が、再び目に浮かんだ。貴婦人の家でそのまま出ていってしまおうかどうか一瞬迷った時も、頭をよぎったのはロクサムのことだった。
 具体的に何かができるとかできないとかいう大げさな話ではなく、友だちになったロクサムを置いてここを出るのが自分にとって何か違う気がするだけなのかもしれないということに、ルビーは思い至る。
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