碧い人魚の海
 ブランコ乗りは、相変わらずルビーを赤毛ちゃんと呼んでいた。そう呼ばれることが不快だと重ねて告げるべきどうかをルビーは少々迷ったが、あえて黙殺することにした。

 ナイフ投げも感心したように言った。
「初めて登ったにしては梯子を登るのも素早いし、足取りもしっかりしてて危なげないな」
「ナイフ投げや舞姫も、ここにはよく来るの?」
 ナイフ投げは頷いた。
「しょっちゅうではなく、たまにだが。客もだれもいない真夜中とかに、気が向いたら」

「ねえハル、あれやって見せてよ」
 後ろから続く舞姫の声が、少しはしゃいでいる。
「綱渡りしながらのナイフのジャグリング」

 天井の梁と梁の間に、1本のロープがピンと張られている。ロープは太めで人の重みを支えられる程度には丈夫そうだったが、どう見ても安定した足場といえるようなしろものではない。どうやら舞姫は、そこを渡りながらナイフ投げの技をやって見せろと言っているらしかった。

 ナイフ投げは舞姫の方を向いてうやうやしく一礼したかと思うと、ひょいとロープに片足を乗せ、どうということもないといった様子で渡り始めた。真ん中あたりで再び足を止め、片足を上げ片方の足だけをロープに乗せた状態で、腰の革袋から薄いナイフを取り出しカードのように広げて見せる。

 そのまま彼は、ナイフを次々に宙に放った。ナイフは放物線を描いてくるくると、彼の手の中を回り始める。
 くるくるとナイフを手で回しながら、再びナイフ投げはゆっくりとロープの上を歩き始めた。

 驚きのあまりぽかんと口を開けて見とれるルビーに、舞姫は笑いかけた。
「すごいだろ。でもハルは客の前では絶対やらないんだ。客席にナイフが飛んでいったら悪くすると大惨事だからね」

 ナイフは何度かくるくると宙を舞ったあと、次々とナイフ投げの手の中におさまった。ナイフを綺麗に重ねて革袋にしまうと、ナイフ投げは言った。
「座長にも見せたことはない。見せたらやれと言われるのは間違いないからな」

「ナイフが危険だと? ならナイフではなくリンゴでやればいいだろう……とか言いそうだよ、あの人」
 半分座長の口真似を混ぜながら、ブランコ乗りも言った。
「そして途中で、やっぱりリンゴじゃ迫力出ないからナイフにしよう、とか言い出すんだ」

「言いそう、言いそう、ほんとそんな感じ」
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