碧い人魚の海
 自分の服をまだもらっていないのだとルビーが言ったら、引き出しを適当に開けて、どれでも好きなのを着ていいからと言われた。戸惑って見返すルビーに、舞台衣装はしわにならないように全部つるしてあるから大丈夫、たたんであるものは普段着だからどれでも構わないのだと、重ねて舞姫は説明した。
 ルビーはシンプルなデザインでかつ、なるべく丈夫そうな布地で破れにくく、汚れても目立たなそうな地味な色の上下を選んで身につけた。

 朝食のあとも呼び出されて作業の続きをやった。早朝男連中が割った薪を薪置き場に運ぶ仕事。それぞれの小屋の掃除と雑巾がけ。犬の世話の手伝い。あちこちたらい回しにされて、とりとめもなくいろんな人の仕事を手伝った。
 休演日だったから見世物小屋全体はまったりとした空気に包まれていたが、そんなこととは無関係に、際限なくルビーは用事を言いつけられて、ときに失敗し、叱られ、やり直すように言われながら、働き続けた。
 食事のときだけは舞姫に呼ばれ、舞姫が食べ終わるまでしっかりつき合わされたから、その間だけテーブルについて休みがとれたが、それ以外は立ち通しの動き通しだった。

 昼食のあと水汲みを言いつかったとき、一度だけロクサムを見かけた。ところがロクサムは大きな荷物を抱えて急いでいる様子で、ルビーが話しかける間もなく小走りで走り去ってしまった。

 日が暮れて、くたくたに疲れ果てたルビーはやっとの思いで部屋に帰りつき、干しわらの寝床に倒れ込むようにして眠りについた。

 忙しい日は4日続いた。
 最初に下働きの仕事をした日の翌日から3日続けて興行日だったが、ルビーは準備と裏方を手伝わされた。昼の部が終了して客をホールから追い出した後は、大急ぎで他のメンバーとともに客席を掃いて回った。
 4日間ずっと下働きの仕事が忙しすぎて、空中ブランコはもとより舞姫からも大玉転がしからも、何一つ教わる時間など持てなかった。

 ロクサムもつかまらなかった。水運びや小屋の掃除などで動き回っている途中、その姿が視界の端をかすめることもあるにはあった。でも、どうにも出くわさない。
 避けられているような気もしたけれども、ロクサムはロクサムで、いつも誰かかから用事を言いつけられて働きどおしなのをルビーは知っていたから、はっきりと避けられているともいえない。
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