碧い人魚の海

 03 塔を壊す

03 塔を壊す


 後ろに従えた男たちの何人かが、重い鉄の塊を地面に据えて、そこから何かを組み立てていった。二つの大きな車輪の真ん中に丸い大きな円柱状の筒を備えた黒い大きな鉄の塊。ルビーが見たこともないそのシルエットはなぜかしら禍々しい。
 そのとき──。

 塔の後ろから一人の少女が姿を現した。
 さっきルビーの前に現れた少女だった。まっすぐな漆黒の髪を風になびくままにして、夜の闇のような目で、男たちを見据える。

 ルビーはそこで再び、太った男に言われた粗末な服という言葉を思い出した。少女もまた、シンプルな麻の服を着ている。チュニックというにはかなり長めのほっそりとしたシルエットのワンピースだったけれども、素材はルビーの着ているものなんら変わらない粗末なものだ。おまけに彼女は靴を履いていない。
 思わずルビーは人々の中から、さっき彼女に失礼なことを言った太った男の姿を探したが、ちょっと目立つぐらい恰幅のよい男は、どこに紛れてしまったのか見当たらなかった。

 少女は無言で黒い鉄の塊に歩み寄ると、それにすっと手を触れた。
 信じられないことに、彼女が手を触れたとたん、黒い鉄の塊はバターか何かのようにぐにゃりととろけていびつに地面に垂れ下がった。
「大砲が……」
「大砲が曲がったぞ」
 塔を囲む男たちの間に、ざわめきが広がる。

 少女は中心にいる“閣下”を冷やかに見た。
「この塔に何が封印されているのかを、知らないわけじゃないでしょうね?」
「しかし、それはあなたが負うべきものではないはずだ」
「わたしは好んでこの役割を引き受けたのよ。帰って、アルベルト」
 男の顔が歪む。どうやら笑おうとしたみたいだったが、ルビーの目には唇を捻じ曲げただけのように見えた。

「塔の中のものはグレイハートに持ち帰らせる。あなたにはおれと来てもらう」
「人間にこれを扱うのは無理。邪気に当てられていずれこのものと同化してしまうわ。もしそうなったら、あなたの国も無事ではなくなる」
 少女はそう言うと、“閣下”の傍らに控える黒ずくめの小柄の男の前に歩み寄った。
「あなたが賢人グレイハートね。どうか顔を見せて」
< 7 / 177 >

この作品をシェア

pagetop