碧い人魚の海
 ここよりもさらに南の大きな大陸の向こうの常夏の国から連れて来られたというゾウが見世物小屋で元気なのも、きっとロクサムが一生懸命世話をしているからだろうと、ルビーは思う。

「あたし、ここに来て、ロクサムに会えてよかった」
 戸惑ったようにロクサムがルビーを見る。
 どうしよう。唐突過ぎただろうか。口に出したのは本当のことだけど、何かもっとほかの言い方があるような気がする。

「あなたがいて、あたしの話を聞いてくれて、静かにあたしの気持ちに寄り添ってくれるのをいつでも感じていたから、あたしはすごく助けられたのよ。世話をしてもらったからじゃないの。──もちろんすごく面倒をかけたのも本当だけど」
 どんなに疲れているときも、ロクサムは新鮮な水をルビーのもとに運び、ルビーの傷を労わった。仕事が増えたことに対しての文句もやつあたりも一切なかった。
 そのことを思い出して、ルビーは最後にちょっとそう言い加えた。

 4日間下働きの仕事を続けてみて、ルビーはロクサムの大変さが身にしみていた。身体を動かすのは新鮮だったし新しい仕事を覚えるのは面白くもあったけれども、これが何ヶ月も、何年も続くことを考えたら話は別だ。
 ましてロクサムには、食事につきあわせると称して体よく休みを取らせてくれる舞姫のような人もいない。

 ここではだれ一人として自分の本当の名前を呼ばない、こぶ男としか呼ばないのだと、ロクサムは言った。
 だれにも顧みられることなく暮らしていくことは悲しいことだ。
 海の底で、心配症の口うるさいお姉さま方に囲まれて暮らしていたときは、ルビーはそんなことは考えてみたこともなかった。そんな風に生きていくしかない人がいることなど、想像をしてみたことすらなかったのだ。
 たとえこれまでのロクサムの半生がそうだったとしても、それはロクサムに価値がないということではないとルビーは思う。
 でも、ずっとだれにも顧みられないで暮らしていて、どうやって自分の価値を知ることができるんだろう。
 こちらを見るロクサムの表情からは、ルビーがどうして自分に構うのかを全然理解できていない様子が見て取れた。
< 71 / 177 >

この作品をシェア

pagetop