碧い人魚の海
慌てた彼は、転がり出るようにして人魚の部屋を飛び出した。人魚だと思っていた少女は、彼の知らないうちに人間になってしまっていた。それとももともと人魚は仮の姿なのか。あの異形は、眠っているときだけ人間の姿に戻るとかいう呪いなのだろうか?
逃げ出したあとも、人魚の綺麗な白い脚が目の前にちらついてなぜか離れず、彼を悩ませた。
あどけない寝顔も、綺麗な腕も、綺麗な脚も、本当は彼なんかが見てはいけない、そばに近づくこともできない特別なもののような気がした。理由のよくわからないちくちくとした痛みは、少女が人魚ではないと知ったときから、一層強くロクサムの胸の内を蝕んだ。だから、その痛みとともに、ロクサムはさっき見た光景を心の内から追い出そうとした。
なのに人魚の姿は、ロクサムの頭の中に強く焼き付いてしまっていた。無防備に眠る少女の寝顔とともに、透き通るような白い2本の脚が何度も脳裏に浮かんできて、ドキドキと動悸がして、止まらなくなる。
その日は下働きの仕事を早々に切り上げて興行に合流するように言われ、鳥女と一緒にチップの箱を持って客席を回ったが、ロクサムは気もそぞろで、どんな客が座っていて、だれがどれだけチップを入れてくれたのかもよく覚えていない。
ロクサム以外にも少女のところに確認に行ったものがいたのだろう。
さらにその翌日にはもう、人魚が人間の娘になってしまったことは、一座の間に広く知れ渡っていた。
座員たちのあいだでひそひそとささやかれている噂の内容までは、ロクサムの耳には届かなかったけれども、人魚の話で持ちきりになっていることは雰囲気でなんとなくわかった。
それでもロクサムの忙しい毎日に、何か変化があるわけではない。
きのうの朝と同じように、朝食を運んで行ったとき、少女はまだ眠っていた。
きょうは、少女が眠っていてくれていることに、なぜだかロクサムはほっとした。
きのうの朝食はまったく手つかずのまま枕元のローチェストに置かれていた。少女はあれからまだ、ずっと眠り続けているらしい。
どこか悪いんだろうか? 大きな変身をしたせい? 急に心配になったロクサムだったが、彼に出来ることは何もない。古いトレイをよけて、代わりに新しい朝食を置くと、黙って部屋をあとにした。
ところがいつの間にか少女は目を覚まし、起き出していた。
逃げ出したあとも、人魚の綺麗な白い脚が目の前にちらついてなぜか離れず、彼を悩ませた。
あどけない寝顔も、綺麗な腕も、綺麗な脚も、本当は彼なんかが見てはいけない、そばに近づくこともできない特別なもののような気がした。理由のよくわからないちくちくとした痛みは、少女が人魚ではないと知ったときから、一層強くロクサムの胸の内を蝕んだ。だから、その痛みとともに、ロクサムはさっき見た光景を心の内から追い出そうとした。
なのに人魚の姿は、ロクサムの頭の中に強く焼き付いてしまっていた。無防備に眠る少女の寝顔とともに、透き通るような白い2本の脚が何度も脳裏に浮かんできて、ドキドキと動悸がして、止まらなくなる。
その日は下働きの仕事を早々に切り上げて興行に合流するように言われ、鳥女と一緒にチップの箱を持って客席を回ったが、ロクサムは気もそぞろで、どんな客が座っていて、だれがどれだけチップを入れてくれたのかもよく覚えていない。
ロクサム以外にも少女のところに確認に行ったものがいたのだろう。
さらにその翌日にはもう、人魚が人間の娘になってしまったことは、一座の間に広く知れ渡っていた。
座員たちのあいだでひそひそとささやかれている噂の内容までは、ロクサムの耳には届かなかったけれども、人魚の話で持ちきりになっていることは雰囲気でなんとなくわかった。
それでもロクサムの忙しい毎日に、何か変化があるわけではない。
きのうの朝と同じように、朝食を運んで行ったとき、少女はまだ眠っていた。
きょうは、少女が眠っていてくれていることに、なぜだかロクサムはほっとした。
きのうの朝食はまったく手つかずのまま枕元のローチェストに置かれていた。少女はあれからまだ、ずっと眠り続けているらしい。
どこか悪いんだろうか? 大きな変身をしたせい? 急に心配になったロクサムだったが、彼に出来ることは何もない。古いトレイをよけて、代わりに新しい朝食を置くと、黙って部屋をあとにした。
ところがいつの間にか少女は目を覚まし、起き出していた。