碧い人魚の海
 座員は男の数の方が多い。男湯はもう使われ始めているようだった。

 それに。
 薪を運びながらロクサムは思い直す。
 溺れかけた少女を手をこまねいて見ているだけだった自分が、いまさらどんな顔をして、そんなささやかな危機を告げに行けるというのだろう。
 どのみちもう、合わせる顔などないのだと、自嘲気味にロクサムは考えた。


 ところが、その何日か後──。
 ロクサムが建物の裏手の焼却場でゴミを燃やしていると、少女はどこからかやってきて、彼の隣にちょこんと座った。ロクサムはうろたえたが、少女は、まるでそこが当たり前の彼女の場所だとでも言いたげな表情で、ロクサムの顔を見上げた。
 見た目は綺麗な女の子の姿をしているのに、中身はまるで忠実な番犬か何かのようだ。胸の内にひろがっていく苦味を噛みしめながら、ロクサムはそう考える。
 たとえ少女が気にしていなくても、自分はもう、彼女の信頼に値する存在ではないのに。

 少女は舞姫に借りたという袖のないシャツを着て、ほとんど脚全体が剥き出しになってしまうショートパンツを履いていた。何日かの過酷な労働で少し痩せたのか、少女の手足はますますほっそりとして頼りなげに見えた。

 仕事がきついんじゃないかと思わず尋ねたロクサムに、少女は何でもないと言って笑い、仕事にもっと慣れたらロクサムを手伝いに来ると答えた。
 洗濯女の件についても聞いてみたが、何かあったのかそれともなかったのか、平気、の一言で軽く片付けられた。少女は、そんなことより違う話がしたいのだと言いたげだった。

 溺れそうになった彼女を見殺しにするとわかっていて、ロクサムがなすすべもなく見ていたあの日のことが話題になると、彼女は自分も同じなのだと言った。
 助けたかった大事な友だちを、自分のせいで死なせてしまったことがあるのだと、苦しげな声で少女は告白した。

 少女の感じている胸の痛みは、苦しげな声とともに彼の胸にダイレクトに響いてくる。その苦しみは、蓋をされた水槽を前にした瞬間のロクサムの絶望感とシンクロして、不意に彼はひどく動揺した。
 少女はまだ生きていたから、ロクサムはかろうじて、激しい後悔に苛まれることなくこうやって過ごすことができているのだ。
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