碧い人魚の海
思えばこの部屋に連れて来られたときから、ある意味ルビーは困惑しっぱなしのような気もする。
他の使用人を下がらせたあと、ルビーをバルコニーの椅子に座らせておいて、貴婦人は手ずからお茶を淹れてくれたのだった。
人間の国に来てから日が浅いルビーでも、使用人と主人の、あるいは奴隷と所有者の関係の本質についてはなんとなく理解できている。前者は労働する側。後者は使役する側。のんびり座ってお茶を淹れてもらうなんてありえない。
ありえない事態だとわかってはいたけれども、ルビーはこれまで茶器なるものを見たことも触ったこともなかったし、お茶を淹れるということが何をどうすることなのかなどまるでわからなかったから、やります、とも言えず黙って見ているしかなかった。
第一焼きものの食器には怖くて触れない。割れるからだ。怪力男が大皿を20枚も30枚もまとめて割るから知っている。割れた皿を片づけたこともある。あれは不用意に触ると手を傷つけるから危ないのだ。
しかも目の前にある茶器は、怪力男が割るような雑なつくりの厚ぼったい素焼きの皿などではなく、華奢で薄くて綺麗な色に塗られて綺麗な模様付けがしてある。ポットもカップもその優美で繊細なフォルムは何かの芸術作品みたいだ。
見世物小屋の食事にみんなが使っている食器は、木でできたものがほとんどだった。座長をはじめ幹部の人間はときに真鍮製のものを使うこともあったが、どちらにせよ少々のことでは割れたりしなかったので、食器洗いは井戸の脇に置いた大きなざるの中にどんどん積み重ねて、かなり手荒にざぶざぶ洗っていった。目の前の食器を仮にあんな洗い方をしたら、確実に壊れてしまうだろう。
貴婦人は、ゆったりとした優雅なしぐさでお茶を淹れてくれた。ルビーはおっかなびっくりその様子を観察した。
今後こんな風に二人でお茶を飲む機会がまたあるのなら、次からは多分自分が淹れることになるだろうこともわかっていた。ぶつけたり割ったりせずに自分に上手く扱えるだろうか。やり方は見ただけでも覚えられなくもなさそうだったが、実は難しいコツやセオリーがある可能性もある。主人である貴婦人から教わるわけにはいかないから、あとで使用人の誰かを紹介してもらって教わるしかない。