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「待てよ!」
俺は肩を怒らせてホテルの会場を抜け出し、どんどん廊下を歩いていく紫乃の後を追う。
紫乃は俺の声が絶対に聞こえているはずなのにその歩みを止めない。
さっきはそのピンヒールがぐらつくほど足取りが危うかったのに、今はしっかりと迷いなく歩いている。女はよくあんなヒールで歩けるな。
紫乃のドレスが蠱惑的に足元でひらひらと揺れている。まるで誘惑されているような―――
俺は紫乃に追いつき、追い越し、彼女の前に躍り出た。
紫乃が大きな目を上げて俺を睨み上げてくる。
「どいて」と一言。
「さっきは酔ってたみたいなのに、今は随分早足だな。それがお前の言う小悪魔的な部分?」
わざとふざけて言うと、紫乃はさらに眉間に皺を寄せ、片方のヒールを脱ぎさらにもう一つヒールを脱ぐと、それを置き去りにしてまた「どいて」と一言言って歩き出す。
「ちょっ…!待てよ!この靴は!」
「あげる」
「あげる……って、俺にそんな趣味はねぇよ」
靴をそのまま放っておくこともできず、俺は彼女の靴を拾い上げまたも追いかけた。
「何でツーショット撮らせたの」
紫乃は歩きながら聞いてきて、
「それは雑誌に載せるため…」と言い訳をしたが、紫乃は俺の言い訳を見抜いていたのか
「意気地なし」
と吐き捨てるように言って俺から靴を取り返す。
「意気地なしぃ?」
さすがにムっときて今度は俺が眉間に皺を寄せると
「意気地なしじゃない。十年前の告白だってスルーしたくせに」
ドキリ、とした。
スルー……したかったわけじゃない。だけどあの当時約十六年間片思いだったと思って居た俺は思いがけず紫乃の気持ちを知って、
戸惑ったのだ。
当時の俺は自慢するわけではないがモテた。けれどどれも本命じゃなく適当な遊びだったから楽だった。
紫乃の気持ちが重かったわけじゃない。
ただ、純粋で純真な彼女の気持ちを今まで俺が付き合っていた女と一緒にしたくなかった。
ただ、それだけだったのに。
タイミングを逃した俺の返答に、紫乃との関係は平行線。
交わることがなく十年間来てしまった。