その顔を見せないで


 地下の物品庫から古い書類を探そうと、階段を降りていたら

「船山さん」って足元から声をかけられた。

その甘い声は

工藤さん。

「はいっ!」
一階と地下を結ぶ踊り場で身体が固まる。

「資料探し?」
工藤さんはグイグイと私に近寄って、踊り場の隅まで追いやる。

逃げ場がない。

冷たいコンクリートの90度の壁に挟まれ、目の前には工藤さんが薄ら笑いで私を見下ろす。

「……やめて下さい」
泣きそうな声を出して顔を横に向けると

「俺、何もしてないしー」軽い声を出し背を丸め、小さな私の身体に合わせる。

「これもセクハラって言うの?」
ふざけた声が甘すぎる。

「セクハラじゃなくて、いじめです。離して下さい」

「いーやーだー」

「ひどい工藤さん」

「ひどいの船山さんでしょ」

え?私がひどいの?
ふと顔を上げると
工藤さんの顔が急接近
ドキドキして心臓が止まりそう。

見てはいけない
その綺麗な顔を見てはいけない。
脳内で危険信号が点滅。

「船山さんはこっそりとしか、俺を見ないもん」

そして工藤さんは、両手を私の顔の横の位置でドンと壁を叩く。

私は完璧に逃げ場を失い

捕獲されてしまった。



< 7 / 9 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop