こういうときは甘えて
こういうときは甘えて
「それは夏海(ナツミ)が悪い。」
「…それは、わかってます。」
「じゃあ謝れば?」
「…それも、わかってる。」
「でもプライドの高い年上彼女の夏海ちゃんにはそれがなかなかできないのよねー。」
「それ言わないで!」

 大学4年の卒業を控えた2月末。5日前にやらかしたのは珍しく夏海の方だった。
 普段はあまり乗らない電車に乗ったのが失敗だったと今なら思う。

――――――――――

 満員電車の中。微妙な距離を取って他愛もない会話を交わしていた。そこまでは良かった。何の問題もない。風馬(フウマ)は夏海を『夏海さん』と呼び、夏海も笑っていた。だが、その数秒後に事態は一変する。

ガタン

「っ…!」
「あ…!」

 元々ドアの近くにいた。突然の揺れに、電車慣れしていない夏海の身体は当然のように傾いだ。それを『彼氏』として支えようとしてくれたのは、風馬にとっても当然のことだった。
 あまりの至近距離、そして壁に背をつけたこの体勢。風馬の右手が夏海の左頬、左手は夏海の右の胸の横にある。押さえつけられてなどいないけれど、空気としては圧を感じるくらいには近い。

「っ…あ、えっと…。」

 顔が上げられない。今自分がどんな顔をしているかなんて、想像もしたくない。

「…夏海さん、あと一駅だから…このままでもいい、ですか?」

 だめじゃなかった。素直に言えば。ただ、そこで素直に甘えられないのが自分だと、夏海は嫌というほど知っている。

「だっ…だめ!私、自分でちゃんと立てるし!」
「そこを疑ってはないですよ。だけど…。」
「だっ、大丈夫だから!」

 腕を振りほどく勇気はなかった。ただ、一瞬だけ見えた切ないような風馬の顔が目に焼き付く。
 その表情に何も言えなくなって、夏海は口を閉じた。そして風馬に背を向けた。

――――――――――

 それから5日。連絡は一切取っていない。
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