こういうときは甘えて
「…夏海さん、大丈夫ですか?」
「う、ん…。」

 目を上手に合わせられない。それにドアを背にしても手すりがないから足場が不安定すぎる。

「っ…あっ…!」
「夏海さん!」

 不意に大きくなった揺れに、5日前がフラッシュバックする。ドアを背に立つ自分の視界を風馬が満たす。

「あ、えっとごめんなさ…。」
「謝ら…ないで…。」
「え…?」

 満員電車ということもあって元々風馬との物理的距離はゼロに近かったが、それをゼロにすべく、夏海は風馬の胸に頭を乗せた。

「夏海…さん…?」
「…一人で立つの、辛い。こう、してて?」
「っ…もう…なんなんですか…夏海さんは。」
「え…?」
「…ほんとに、…俺ばっかり夏海さんを好きすぎるってことです。次の次の駅までこのまんまですからね。」
「うん。お願い。」

 胸を借りると、横にあったはずの風馬の右腕が背中に回った。そしてそのままドアの端の方へと身体が動かされる。角に身体を置くことで風馬に完全に守られる形になる。軽く抱きしめられてようやく、ちゃんと謝れるような気がするなんて、いつから自分はこんなにワガママな女になってしまったのだろう。

「風馬。」
「何ですか?」
「…この前、ごめんね。前もちゃんとこうやって甘えてたら良かった。」
「…今の夏海さんの可愛さがちょっとおかしいから、何でも許します。」
「…優しいね、風馬。」
「夏海さんだけの特別仕様です。」

 壁に押し付けられたままだった背中が少しずつ引き寄せられる。

「…風馬?」
「こういうときは甘えて。」
「え?」
「甘えてほしいです、夏海さんに。」

 風馬がそう口にした瞬間、電車のドアが開いた。
< 3 / 4 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop