こういうときは甘えて
 身体同士に距離はできたのに、気持ちにそれは感じないのは、待ち合わせたときとは裏腹だ。

「てゆーか、甘えた夏海さん、めちゃくちゃ可愛いから襲いそうになりました。」
「っ!な、何言って…!」
「いやさすがにここではしませんけど。」
「当たり前!」

 ああ、なんだ、いつものテンポだ、と夏海は安心する。

「夏海さん。」
「…なに?」
「…甘えたくないって知ってます。でもだからこそ、甘えられたら嬉しいんですよ。
…それこそ、襲いたくなるくらいには。」
「っ…な、…ばかっ!」

 頬が熱い。熱くてたまらない。

「…風馬。」
「はい?」
「…ありがとう。」
「どういたしまして。」

 甘え下手なのは昔からだった。それこそ自覚はある。甘えるのが下手で風馬を傷付けてしまったことなど、付き合いはじめて半年ほどしか経っていないのに何度もある。それでも、何度だって風馬は真っ直ぐに夏海を見つめてくれる。真正面から、夏海の甘え下手を抱きしめてくれる。
 年上なのは自分のはずなのに、恋愛については未熟すぎる己に呆れるけれど嫌いにならずに済んでいるのは全て風馬のおかげであると言える。

「…くっつきたいのは、俺だけ、なのかなぁ…。」
「え?」
「あ、いや、独り言…です。」

 独り言にしては大きすぎる。聞き流せという方が無理だ。
 夏海は風馬の服の裾を引いて、もう一度その胸に頭を埋める。

「ううん。私も。くっつきたいとき、ちゃんとあるよ。」
「…っ…!そういうの、電車の中でやっちゃだめです。」
「わざと、って言ったら、風馬は怒る?」
「…計算高い夏海さんも可愛いって思ってる俺が重症です。」
「それは…言えてる。」

*fin*
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