思い出の中にいるきみへ
「花火、見たい?」

「……いや、別に」

 ホントは一緒に眺めていたかった。
 同じ空を、花火を。同じ時間を共有したかった。

 喉まで出かかって……言えなかった。

 胸が詰まる。
 なぜ、こいつはつらい恋を選んでしまったんだろう。
 傷つく前に、引き返せるチャンスはあったかもしれないのに。

「再入院って聞いたとき、目の前が真っ暗になって、最悪のことしか思い浮かばなかった。でも、でもね。理玖は言ったのよ。病気に勝って必ず退院するからって、とびきりの笑顔で言ったの。絶望しかけたことは何度もあったけど、絶対に元気になるって最後まで、ずっと信じてた」
  

「杉浦……」

「あんたは今、理玖、だよね? 呼んで、里桜って」

「里桜」

「理玖」

 愛しげに男の名前を呼んだ杉浦の瞳は俺を見ていなかった。

 杉浦の顔が近づいて唇に柔らかいものが触れる。
 キスだと気付いたのは唇が離れてから。

「ちょっと待て。いくらなんでも……」

 身代わりでキスされるなんて。
 また近づいてくる杉浦を押しとどめる。

 
「なに。わたしとするの、イヤなの?」

 拒絶されたことに腹が立ったのか、不機嫌そうな顔になった。

 イヤなどころかもっとしたい。好きな女の子とのキスなんだから。
 身代わりでさえなければ。


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