思い出の中にいるきみへ
「おまえは俺のことを嫌いでも、俺は好きだから。この気持ちは簡単には変えられない」

 里桜の頬を両手で包んで顔を上向かせた。
 今からキスしようとしているのは分かっているはずなのに、
 顔色一つ変えない。

 俺達の間に甘い雰囲気なんかない。あるのは寒々とした白けた空気だけ。

「イヤよ。あんたとキスしない。わたしは理玖が好きなの」

「知ってる。でも、焚き付けたのは里桜なんだから、責任は取ってもらう」

 俺は強引に口づけた。
 息を飲む気配を感じて、ショックを受けてるかも、
 チラッと思ったけど、さらに強く唇を押し当てていた。

「イヤ」 

 俺から逃れようと必死にもがく里桜を胸元に抱き寄せ、
 覆い被さるように顔を近づけて、唇を舌でなぞった。

 理玖の唇だと理玖の舌だと錯覚させたくない。
 俺を刻みつけたかった。里桜の唇に。

「あ……ああっ……イヤっ……」

 里桜は震えていた。

 明日からは口もきいてくれないかもしれない。これっきりかも。
 不安に駆られたけれど、躊躇いは一瞬。
 どうせ、最後なら……

 下唇に、上唇に、俺を記憶させるためにゆっくりと舐めていった。
 さっきよりも柔らかく感じる唇に何度も触れて、
 俺を覚えさせて、俺は里桜の唇の感触をやきつける。

「イヤ。こんなキスはイヤ」

 顔を歪ませて、小さく首を振る里桜の目から一筋、
 透明な滴が零れ落ちた。

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