初恋lovers
あの、これ、それ。
さっきから指示語だけを発する男に、内心がくりと項垂れる。
堅物にも程があるでしょう。
お見合い後、初めてのデートだというのに手をつなぐなんてもってのほかと言わんばかり、一定の距離を開けキタからミナミを黙々と歩く。
これは足腰の鍛錬?それとも精神修行?
新しいワンピースにハイヒールと粧しこんだものの、思いも寄らぬ展開にいい加減踵が痛んできた。
「安藤さん、お茶しませんか?」
近場の喫茶店を指差し、ようやく苦行から解放される。
密かにホッとため息をついていると、お水を持ってきたウエイトレスに早速彼は話しかけた。
「これ、2つ」
「かしこまりました」
艶々とした長い髪を揺らし、白いエプロンのよく似合うウエイトレスがにこりと笑顔で返す。
たったそれだけのやり取りなのに、私は彼から目を逸らした。
かわいらしいお嬢さんには、すぐにお話ができるのね。
なにより、私に確認することなく注文した彼に、戸惑いを感じていた。
「あの……」
「なに?」
小さく呟くものの、「コーヒーは苦手なの」なんて言えず、大柄の彼の前でしゅんと縮こまる。
「お待たせしました」
香り高いコーヒーが目の前に置かれた。
だが、口に運ぶこともできずに、所在なくスプーンでかきまわす。
対して安藤さんも手をつけることなく、洒落たカップに入れられたコーヒーはゆっくりと冷めていった。
背の高い安藤さん。
寡黙な安藤さん。
あなたは一体何を考えているの?
そんな風に思う私は、もうすでに、彼が気になっている証拠なのだろう。
ただ、それを恋や愛と呼ぶには足りない物が多すぎて。
彼の本心を知りたかったけれど、訊ねる訳にも行かず、冷めきったカップをテーブルに置いた。