初恋lovers
店を出たら、もう会うことも無いだろう。
そう思うと惜しい気がして、なんとなくぐずぐずしていたが、暗くなってきた空にようやく重い腰を上げる。
せめて最後くらい、私から話してみよう。
カップから目を上げ、安藤さんを見つめた。
「安藤さん、私苦手なんです」
そう告げると、大きかった彼の体がふにゃりと揺れた。
「それって……?」
やっぱり指示語だけの返事。
苦笑しながら、カップを指差す。
「コーヒー飲めないんです。折角注文していただいたのに、ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げた。
すると、彼も小さな声で告白してきた。
「俺も、飲めないです」
「え?」
いけないと思いながら、私は吹き出してしまった。
「だったら、なんでコーヒー頼んだんですか?」
止まらなくなってコロコロと笑う私に、安藤さんはぐっと眉をひそめていく。
「これ、デートの定番だって聞いて」
膝の上で固く握られた彼の拳が、小さく震えている。
「それは他の人でしょ?私は違います」
目の前にいる私ではなく、他の人にはしっかり聞いていただなんて。
呆れながらも、ひとしきり笑うとなんだかすっきりしていた。
私は椅子から立ち上がった。
「安藤さんの好きなもの、もっと知りたかったです」
それでは、と笑顔で店を後にする。
「……あの」
私の手に骨張った男の指先が触れ、すぐに離れた。
刹那の出来事なのに、手のひら全体がじんと熱を帯びる。
動揺して動けない私に構う事なく、彼は口を開いた。
「俺が好きなのは……」
そこで言葉を途切り、視線を下に向けた。
俯いた彼の瞳に私が映っていないことを寂しく思いながら、その続きを待つ。
だが、一度噤まれた唇は容易には開かれることは無かった。
他人である私に、話すまでもないと判断したのだろう。
寂しさを堪え諦めとともに視線を外に遣る。
そこには、清水寺と赤や黄色に染まる紅葉のポスターが貼られていた。古都を彩る鮮烈な写真に心を奪われていると、安藤さんが一言呟いた。
「あそこに、行こう」