初恋lovers
突然決まった次のデート。
約束の11月の日曜日、淀屋橋から京阪電車に乗り込んだ。最初は空いていたのだが、次第に乗客の数が増えていった。
年配の女性に席を譲り、安藤さんと二人並んで立つ。
京橋、守口と駅を過ぎる度に、車内は蒸し暑いほど混み合ってきた。
紅葉の観光客かと思っていたが、ほとんど男性だ。老いも若きも、皆一様に新聞と赤ペンを手になにやら興奮気味に話している。
電車が揺れた拍子に、横に立つ男性の肩が触れ私は身を小さくする。
「枚方、枚方~」
間延びしたアナウンスとともに、我先にと人が乗り込んできた。
「きゃっ」
圧迫に耐え切れず、思わず声が漏れた。
私の悲鳴を気にする事なく、電車はまた動き始める。
人波に押されて、いつしか安藤さんとも離ればなれになっていた。
暑い、苦しい。
心細さから溢れそうな涙をこらえていると、低い声で名前を呼ばれた。
声のする方を探していたら、強い力で右腕を掴まれる。
「痛っ……」
一体誰がと恨みを込めて手を見れば、ぎゅう詰めの乗客に埋もれることなく頭一つ飛び出た安藤さんがしっかり私を掴んでいた。
「こっち」
指示語で呼ばれ、掴まれた手を頼りにドア前に立つ彼の元へと移動する。
「ここ」
ドアと安藤さんの隙間に、すっぽりと私の体が収まった。
冷たいドアと大きな安藤さんに挟まれて、車内のざわめきが少し遠のいた。
彼の息遣いが、微かに届く。
「ありがとう、ございます」
頭を下げると肩に触れそうになり、ぎこちない格好のままお礼を伝える。
「菊花賞があるの忘れちょったけぇ」
すまなかったと彼が謝った。
菊花賞?
けぇ?
疑問が頭に浮かんだが、電車が大きく揺れ、足下がふらつく。
ドン
よろめいた私の耳元で、鈍い音がした。
驚いて視線を動かせば、安藤さんが私の顔の横に両手をつき、他の乗客から守るように包んでいた。
彼を見上げるが、近すぎて視線を合わすことさえできない。
それでも伝わってくる相手の体温に鼓動が早まる。
優しく抱かれるような安心感に、体の奥がトクンと熱くなった。