【壁ドン企画】彼との距離
社会人になる前の大学4年生の春休み。
高校の同窓会が開かれることになった。
弘毅と再会することが気がかりだったが、ほかの友人たちと会うことも大事だった。
こっそり幹事に弘毅のことを聞いたら、欠席だと言われて拍子抜け。
今だにメールが時々送られてくるが、読まないままに秘密フォルダに貯めている。
私は地元企業の内定をもらい、実家から通うことが決まっていたので明るい気持ちで再会を楽しむことが出来た。
みんな20歳を超えて、お酒も入って、実は誰が誰を好きだったとか、付き合ってたとかの話で盛り上がり、私と弘毅の話も上がった。
1年以上経っているにもかかわらず、別れちゃったけどねぇ、と軽く言った自分の言葉に胸が苦しくなった。会わなくて済むと思ってほっとしたのに、今どうしているか気にしている。
どこに就職した、実は結婚した、子供が生まれた。みんな未来に輝かしい希望を持って、輝かしいはずの世界が、どこかぼんやり遠くに見えた。
そんな中で。
「おう、弘毅!間に合ったか!」
「久しぶり、最終の便に乗れてさ」
耳に届いた懐かしさに思わず振り返ったら、スーツ姿が板についた弘毅が受付の子と話をしているのが目に入る。
完全に油断していた。
まさか現れるなんて。会わないと思って心の準備してないのに。
時間はたっぷりあったのに。
日焼けしてよれよれのTシャツを着ていた弘毅じゃない。
私の知ってる弘毅じゃなくなってる。
ああ、やっぱりこれでよかったんだ。
機械なら油が足りないようなすべりの悪さで、力を込めて首を元の位置に戻す。
ただの友人として、笑顔で会わなければ。
「あ、珠ちゃん、カレ登場じゃん」
気づいていないと思った友人がわざわざ教えてくれる。
苦笑いを返すと、友人同士も目配せをして、さすがにそれ以上は言ってこなかった。
「あ、あっちに新しいスイーツ出てきてるよ」
こうなれば、女子の結託力は強い。
がっちり脇を固めてくれる。
きっと弘毅が近づいても離れずに居てくれるだろう。
場所を移して別腹スイーツに集中していたら、お開きにして2次会へという話が流れる。
それまで弘毅は、私の元に来なかった。
ほっとしながら、どこかがっかりもしていた。
このままお開きならもういいかと思って、首を伸ばして弘毅を探した。
いない。
どこかから帰ったばかりだと言っていたから、疲れて帰ったかもしれない。
もうひと目だけ見ておきたかったな、と身勝手な思いとともに安堵の息が漏れる。
2次会に流れる友人たちとともに会場を出た時、後ろから肘をつかまれる。
「うわひゃ」
かわいくない悲鳴が出て、背中が誰かにぶつかる。反射的に謝罪の言葉を紡ぐ。
「みんなありがと。珠ちゃん、もらってくから」
聞きなれた低い声が頭の上から届く。
さっきまでいなかったはずの弘毅の手がしっかり私の腕を捕まえて離さない。
いいたいことはたくさんあるのに、喉につかえて、何も言えなくなる。
両脇を固めていてくれた友人たちも、急なことに唖然として動けないのだろう。
弘毅が大股で私を引っ張っていく。
「ちょっと、待って。離して」
「待てない。僕も十分待った」
ああ、いつかの私と同じ台詞だ。
いつもより少し高いヒールを履いていた私は転げそうになる容赦ないスピードで弘毅は足早に進むのを必死についていく。
人通りの少ない通路で手を離される。
引っ張られてた勢いで壁に両手をつく。
振り返るより早く頭の横に弘毅の両手が叩きつけられる。
何をされるかわからず身体を硬くする。
胃がキリキリして、さっきまで食べていたものが出てきそうだった。
「ごめん、珠ちゃん。やっぱり僕、すごく欲張りだ」
肩に頭を押し付けられるのを感じた。作った笑顔を向けた、あの日を思い出す。突然ひどいことをした自分が弘毅にどんな顔を見せたらいいかわからない。
「就職、こっちで決まった。世界相手にの企業だから、予定通り世界を相手に仕事をする。でも、珠ちゃんも手放す気もない」
背中から直接弘毅の声の響きが伝わる。
「もう待たせないから。珠ちゃんの場所も時間もちょうだい」
「そんな都合のいい話・・・」
「あるの。僕のメール読んでないでしょ?」
私を囲っていた弘毅の腕が、身体を包む。
「外堀は埋めてるんだ。あとは珠ちゃんがいいよって言うだけ」
「え?」
「都合よくていいから僕のこと好きでしょ」
回されている腕の力が強くなる。離れていた時間も距離も埋めるように。
まだ好きだなんて、言っていいのかわからない。
また、世界が違うことを痛感するかもしれない。
だから、逃げ回っていたのに。
捕まったら当然逃げられない。
「・・・うん」
認めたら、せき止めていた分、あふれて来る。回された腕に自分の手を重ねて握り締める。
「大好き」
「うん、知ってた。彼氏がいないのも、新しく好きになった人がいないのも。酔ったら僕のこと未練タラタラって聞いた。珠ちゃんの友達に情報提供と協力要請してて」
「嘘・・・」
携帯を取り出すと、秘密フォルダに移したメールは確かに協力要請がされていて、同時に友人たちにも送信されていた。
そして、友人たちからモトサヤおめでとうの新着メールも来ていて。
「珠ちゃんが帰らないように見張っててもらったの。どうしても捕まえたくて。僕も絶対捕まえるって決めてきたから」
笑顔で手を離さない弘毅に抱きついて、同じ世界に戻った彼との距離を0にした。
高校の同窓会が開かれることになった。
弘毅と再会することが気がかりだったが、ほかの友人たちと会うことも大事だった。
こっそり幹事に弘毅のことを聞いたら、欠席だと言われて拍子抜け。
今だにメールが時々送られてくるが、読まないままに秘密フォルダに貯めている。
私は地元企業の内定をもらい、実家から通うことが決まっていたので明るい気持ちで再会を楽しむことが出来た。
みんな20歳を超えて、お酒も入って、実は誰が誰を好きだったとか、付き合ってたとかの話で盛り上がり、私と弘毅の話も上がった。
1年以上経っているにもかかわらず、別れちゃったけどねぇ、と軽く言った自分の言葉に胸が苦しくなった。会わなくて済むと思ってほっとしたのに、今どうしているか気にしている。
どこに就職した、実は結婚した、子供が生まれた。みんな未来に輝かしい希望を持って、輝かしいはずの世界が、どこかぼんやり遠くに見えた。
そんな中で。
「おう、弘毅!間に合ったか!」
「久しぶり、最終の便に乗れてさ」
耳に届いた懐かしさに思わず振り返ったら、スーツ姿が板についた弘毅が受付の子と話をしているのが目に入る。
完全に油断していた。
まさか現れるなんて。会わないと思って心の準備してないのに。
時間はたっぷりあったのに。
日焼けしてよれよれのTシャツを着ていた弘毅じゃない。
私の知ってる弘毅じゃなくなってる。
ああ、やっぱりこれでよかったんだ。
機械なら油が足りないようなすべりの悪さで、力を込めて首を元の位置に戻す。
ただの友人として、笑顔で会わなければ。
「あ、珠ちゃん、カレ登場じゃん」
気づいていないと思った友人がわざわざ教えてくれる。
苦笑いを返すと、友人同士も目配せをして、さすがにそれ以上は言ってこなかった。
「あ、あっちに新しいスイーツ出てきてるよ」
こうなれば、女子の結託力は強い。
がっちり脇を固めてくれる。
きっと弘毅が近づいても離れずに居てくれるだろう。
場所を移して別腹スイーツに集中していたら、お開きにして2次会へという話が流れる。
それまで弘毅は、私の元に来なかった。
ほっとしながら、どこかがっかりもしていた。
このままお開きならもういいかと思って、首を伸ばして弘毅を探した。
いない。
どこかから帰ったばかりだと言っていたから、疲れて帰ったかもしれない。
もうひと目だけ見ておきたかったな、と身勝手な思いとともに安堵の息が漏れる。
2次会に流れる友人たちとともに会場を出た時、後ろから肘をつかまれる。
「うわひゃ」
かわいくない悲鳴が出て、背中が誰かにぶつかる。反射的に謝罪の言葉を紡ぐ。
「みんなありがと。珠ちゃん、もらってくから」
聞きなれた低い声が頭の上から届く。
さっきまでいなかったはずの弘毅の手がしっかり私の腕を捕まえて離さない。
いいたいことはたくさんあるのに、喉につかえて、何も言えなくなる。
両脇を固めていてくれた友人たちも、急なことに唖然として動けないのだろう。
弘毅が大股で私を引っ張っていく。
「ちょっと、待って。離して」
「待てない。僕も十分待った」
ああ、いつかの私と同じ台詞だ。
いつもより少し高いヒールを履いていた私は転げそうになる容赦ないスピードで弘毅は足早に進むのを必死についていく。
人通りの少ない通路で手を離される。
引っ張られてた勢いで壁に両手をつく。
振り返るより早く頭の横に弘毅の両手が叩きつけられる。
何をされるかわからず身体を硬くする。
胃がキリキリして、さっきまで食べていたものが出てきそうだった。
「ごめん、珠ちゃん。やっぱり僕、すごく欲張りだ」
肩に頭を押し付けられるのを感じた。作った笑顔を向けた、あの日を思い出す。突然ひどいことをした自分が弘毅にどんな顔を見せたらいいかわからない。
「就職、こっちで決まった。世界相手にの企業だから、予定通り世界を相手に仕事をする。でも、珠ちゃんも手放す気もない」
背中から直接弘毅の声の響きが伝わる。
「もう待たせないから。珠ちゃんの場所も時間もちょうだい」
「そんな都合のいい話・・・」
「あるの。僕のメール読んでないでしょ?」
私を囲っていた弘毅の腕が、身体を包む。
「外堀は埋めてるんだ。あとは珠ちゃんがいいよって言うだけ」
「え?」
「都合よくていいから僕のこと好きでしょ」
回されている腕の力が強くなる。離れていた時間も距離も埋めるように。
まだ好きだなんて、言っていいのかわからない。
また、世界が違うことを痛感するかもしれない。
だから、逃げ回っていたのに。
捕まったら当然逃げられない。
「・・・うん」
認めたら、せき止めていた分、あふれて来る。回された腕に自分の手を重ねて握り締める。
「大好き」
「うん、知ってた。彼氏がいないのも、新しく好きになった人がいないのも。酔ったら僕のこと未練タラタラって聞いた。珠ちゃんの友達に情報提供と協力要請してて」
「嘘・・・」
携帯を取り出すと、秘密フォルダに移したメールは確かに協力要請がされていて、同時に友人たちにも送信されていた。
そして、友人たちからモトサヤおめでとうの新着メールも来ていて。
「珠ちゃんが帰らないように見張っててもらったの。どうしても捕まえたくて。僕も絶対捕まえるって決めてきたから」
笑顔で手を離さない弘毅に抱きついて、同じ世界に戻った彼との距離を0にした。