私の好きな人。

「課長すみません。金曜は……」

その日の夕方、仕事を終え退社する所で打合せが終わって帰社した柳瀬課長とすれ違い、勇気を出してそう切り出した。

「は？」

課長は眉を顰めて私を睨み付けてから給湯室の影に引っ張り込んだ。
怖くて、足が震えてくる……

――嫌なら嫌ってはっきり言えよ？

けれど、坂崎さんの声を思い出してもう一度勇気を振り絞る。

「私、二人で食事はいけません」

そう言い切れば、ダンっと鈍い音が私の真横の壁に響いた。

課長の右手が、私の顔の真横の壁を殴った音だ。
そこから係長は手を放すことも無く、私との距離をもう一歩つめた。

「あの清掃員？」

至近距離で響く課長の声と、壁を殴られた恐怖で私の身体は小刻みに震えていて、声も上手く出せない。

「バカじゃねーの？あんな頭わるそーな奴」
「な……っ」

吐き捨てるように言ったその言葉が血の気が引いていた頭を熱くさせた。
それでも、言い返そうとした言葉は課長の冷笑で奪われてしまった。

「今井。断ったらどうなるかわかってんのか？」
「え？」

課長は獰猛な瞳でニヤリと笑う。

「俺はもうすぐ最年少部長だ。明日は専務との面談予定」
「それが……」
「清掃員一人切るくらい訳ないって言ってんだよ」
「……っ」

その一言で私は勢い失った。

「金曜は定時で仕事あげろよ？」

楽しそうに笑う課長。
怖い人だとは思っていた。苦手な人だとも思ってはいた。

でも、こんな人だったなんて……
怖くて、悔しくて、目の端に涙が滲む。坂崎さんに迷惑をかけたくないよ……