私の好きな人。
頷こうとしたその瞬間、再びドンっと私の真横で大きな音が響いた。

「……邪魔なんすけど」

その声に驚いて、顔を上げた。

「坂崎さん!」

いつも素っ気ない坂崎さんがモップを私と課長の真横の壁に叩きつけていた。
坂崎さんは怒りがヒシヒシと感じられる黒い笑みを湛えていて、助かったと一瞬安堵した私は再び息を呑んだ。

「お前何様のつもりだよ!」
「あんたの足元泥だらけなんだよ!さっさと履き替えて来いよ‼」

坂崎さんは課長の怒声に臆する事なく、それどころかモップを壁から離すことも無く怒鳴り返した。
昼から降り出した雨で柳瀬係長の自慢の革靴は濡れていて、よく見れば彼が歩いたところはしっかり足跡が残っている。

「今井、金曜忘れるなよ」

舌打ちしてから課長は給湯室から出ていき、私と坂崎さんの二人だけが残された。
いつも通り手際よく、足跡をモップで消し始めた坂崎さんは何も言わない。

私は緊張していた足の力が抜けてしまって、思わず、へたり込んでしまった。

「……ハッキリ断れって言っただろ」
「だって……坂崎さんのこと切るって……」
「んなこと言って脅してたのかよ……」


我慢していた涙がぽろぽろと零れだした。
私のせいで坂崎さんやめさせられちゃうの?

どうして……
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